「カップ焼きそば」と私の儚い煩悩。
私にとって、カップ焼きそばとは煩悩そのものだ。
カップ焼きそばを食すとは、すなわち人生で限りある「食事」の回数券を、早く、安く、腹を満たしたいがために、みすみす千切る行為にも等しい。
深みなどあろうはずもない味、それでいて癖になるジャンクフードっぷり。
しかし、そいつらは私の無意識にアクセスしては、いつの間にか我が家の戸棚で息を潜めているのだ。
あれほど「もう嫌だ」だの「もうたくさんだ」だの、口でぺちゃくちゃと語っていながらも、気づけばレシートの一角に名を連ねる「ペヤング」を目にしては、自身の軽薄短小さに呆れてしまう。
だが、ずぼらな私にとって、きゃつらは最終防衛線にも近い役割も果たしているから侮れない。
冷蔵庫を開く、空。
野菜室を開く、大葉のみ。
冷凍庫を開く、冷凍のおうばん焼き。
そうして、一縷の望みをかけて開く戸棚に、そいつはなんでもないように居座っているのだ。
救世主のような出で立ちに、もしや私が開いたのは神棚なのではないだろうか、とかよく血迷う。
神や仏へのお供え物を手につけるような恭しさでペヤングの外装を引き裂き、我が身に取り込もうとするたび、ひどく恐れ多い気分に苛まれる。
あれほど食事に対し「回数券」などと信心深い態度を取っていながら、いざとなれば「利」をとるリアリストっぷり。
今後「食」を語る資格など、私にはないのかもしれない。
海原雄山か、魯山人あたりに一回しばいてもらう必要があるだろう。
だが、すでにペヤングの外装は、追い剥ぎにでもあった後みたいに凄惨な様子。
後悔しようが、懺悔をしようが、既に時は動き始めているのだ。
もはや引き返す道はあるまいと、意を決してお湯を沸かす。
・・・
以前であればティファールのケトルを利用していた。
しかし、断捨離に際して手放してしまったから、鍋で大人しく沸かす。
あれが身近にあると、私のペヤング生活は加速する一方だから、敢えて手放したのだが……。
なぜ相変わらず、我が家の棚にはペヤングがストックされているのだろう。
何か見えない強大な力や陰謀が作用しているに違いない。
これを暴いたが最期、私の記事は翌日から更新されることはなくなるだろう。
・・・
IHでちまちまとお湯を沸かす間に、セットアップを手早く進める。
まずはフタを指定の位置まで開封する。
十分に広さが確保できたら、中からかやく郡を取り出すのだ。
その中からかやくだけは麺の上に開けておく。
ちょっとしたコツだが、麺の下にかやくを滑り込ませておくと、十分にお湯が浸っていい塩梅になるらしい。
伊◯家の食卓か何かでやっていた。いかんせん古すぎる記憶なので情報源としては曖昧だ。
しかし、なぜ「かやく」というのだろうか。
ひらがなにわざわざ開いた理由はなんなのだろうか。
「火薬」だと、お湯を注いだ瞬間、爆ぜるイメージが頭から抜けない。
「加薬」だと、なんかドーピング容疑を食らって出場禁止処分を受けそうだ。アスリートたちにとっては死活問題だろう。
「化薬」だと化学調味料感が満載すぎて、なんか嫌だ。散々、化学調味料漬けだからイマサラ感はあるが、強調表示されるのはまた別の話。
そう思うと「かやく」は案外適正が高いのかもしれない。
…というか「具」でよくないだろうか?
「具」だめ?
え、「具」わかりやすくない?
ユニバーサルデザインの最高峰みたいなところない?
外国の方に
「oh!ここで グ 入れマース。わたし ペヤング で グ 覚えマシタ」
って言ってもらえるかもしれない。
ハラキリ ゲイシャ カラオケ カロウシ に続き 「グ」 がグローバライゼーションに踏み出すってのも、一種のロマンではなかろうか。
「具」いいと思うんだけどなぁ。
・・・
そんなこんなでお湯が湧いたので、開けた口へ向けて慎重に狙いを定める。
「グ」の上からジョボジョボミラジョボビッチとお湯をそそぐ。
ちなみに私はコントロールGなので、シンクの上がこぼれたお湯でべちゃべちゃになる。
完膚なきまでに注ぎきった経験など過去に一度もない。
ケトル時代でさえフタの上が「びちゃぁ」ってなってた。エイムが壊滅的。
バイオハザードの世界だったら生き残る見込みのなさそうな私は、3分間で何ができるか思案する。
しかし、だいたいこのタイミングで、部屋の奥から「なにしてんだご主人」と猫がトコトコキッチンしてくるのだ。
なでなでなでなでなでなでなでなで。
3分が経過する。手を洗う。
さぁここから山場だ。
点線にそって捨て口のフタを切り取る。
そうしてベコベコと凹むシンクの小気味のいい音を聞きながら、全てを排水しきる。
この頃になれば、人生で限りある「食事」だの、深みなどない「味」などと見栄を張っていた私の仮面はとっくに崩れ去っている。
まるでパブロフの犬だ。
排水した時点で、私の脳みそは、ソースの封を切り、スパイスを流し込み、箸で入念にかき混ぜた後、ズゾハラなど気にせず、口の中に運びいれ、あのジャンクな憧れを噛みしめる。
その瞬間まで想起し終えている。
もはやプライドもない。
飾り気のない。
ただ食への欲求に囚われた憐れな人間が一人、キッチンに佇むだけなのである。
~完~
~食~
⇩御三方の記事に触発されて書いてみました!⇩
素晴らしすぎるお題です…。とってもスキ。
ありがとうございます…!
ごちそうさまです…!
これから毎日カップ焼きそば(文章上で)食べてもいいくらい…🤤
これ本当に「癖」がそのまま出ますね…!
テーマが固定だからこそ、もう「調理法」で差をつけるしかない。
だからこそ、見たこともないような文章が生まれる!
意欲作につぐ意欲作~~
文章界の平野レミさん発掘できる企画なのかもしれない(笑)
どんな文体が飛び出すのか、いまからワクワクです!
ぜひぜひ、みなさんも書いてみてくださいな~!!
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