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<小説/不倫・婚外恋愛>嫌いになれたらは、愛を信じてる裏返し(25)STAGE6・サイレント(再)・手放し

 「また別れても、俺は芹香を嫌いになることは絶対にない。忘れる事もないから安心していて。お互いを疑うことだけしないようにしよう」

 これまで直樹を好きでいてはいけない。二人の未来を願ってもいけない。信じて待ってもいけない。忘れなくちゃいけない。

 と思っていた。けれど、再会後は私が私に帰ってくる。

 好きでいていいし。一緒になることを願ってもいいし。待っていてもいいし。忘れなくてもいい。

 それだけで、心が落ち着いていられた。信じるとかではなく、ただそうだということだけで充分だった。

 もう、私にできることは何もない。良い意味で何もやることがなくなった。そうなったら、全てのやる気が起きてこない。動くのが億劫。仕事も、友達と遊ぶことも面倒くさい。テレビもうるさい。好きだったヨガもさぼりまくる。絵を描いたりすることも、気持ちを綴ることも、本を読むことも。全部にやる気が起きなくなった。ただただ一人になりたい。毎日、気持ちの入らない仕事を終えて、ご飯をつくりお酒を飲みながら、何時間も何カ月も無心でショート動画を見まくっていた。

 何やってるんだろう?鬱なのかな?と焦りのような気持はあるが、どうにもこれまで好きな事に、興味も関心も沸いてこない。

 佐藤から「前に言っていた、男紹介する件なんだけどさ」と言われたが、「あー…。ごめん。やっぱいいや」と即答する。
 
 以前までの私は「幸せな家庭を築く事が、絶対叶えたい願い」という思いを握りしめていた。そのためには、直樹じゃない他の誰かでもいい。そうやって、まだ見ぬ誰かを必死に追い求め続けていた。

 でも、私には直樹以外の男性はすべて同じに見える。これは、再開後に気が付いたこと。だから、他の男性では心が全く反応せず、条件や自分を取り繕うことをしてしまっていたんだ。

 もう誰かを求めてさ迷う必要はない。それに気が付いて、私の気持ちは、うんと軽くなった。

 そして、お互いにツインレイだと確信した途端に、その概念もどうでも良いと思えていた。

 信じることに疲れていた時がある。無意識から信じていたら引き寄せるというあれのせいだろう。でも、そもそも「信じる」と思ったってことは「信じていない」わけで。ツインレイだったら、これはサイレントというステージに居るから、自分を成長させれば会えるはず!だから、あーしなきゃこーしなきゃ……。youtubeやブログで、既に成就しているツインレイが配信している動画にも、そうならねばならないという焦りにも似たものも感じていた。特別な存在じゃないと成就しないものなの?

 そうではないよね。 

 不倫でも何でも、ただ好きなだけ。それほどまでに『特別な人』というだけ。難しく考えていたけれど、シンプル過ぎるくらいシンプルだった。離れていることに、これまで死にたいほど苦しかったけど、今は安心の方が大きくて、苦しさも寂しさもないに等しい。直樹が何をしているのかも気にならない。離婚に向けて動いていてもいなくても、私にどうにかできることでもない。

 私たちは、出会ってから約十年近くになるけれど、甘い時間なんて一年にも満たないだろう。その中で、何度も衝突を繰り返して、少しずつ離れる事に慣らされてきたんじゃないだろうか。それでも、好きという気持ちが色褪せることはない。

これまでぎゅっと握りしめていた数々のものが、手を開いたら何も無かった。それで頭が真っ白になったのかもしれない。

 このタイミングで、私が営業二部の部長になる話が浮上する。営業二部は、あれからコツコツと実力をつけて、営業一部と肩を並べるくらいにまで成長していた。それでも、一部を食うことはなかった。立場的には、新人育成みたいなポジションに落ち着いたと言える。営業一部は花形部署としての地位があるからこそ、目指したいと思うもの。

 佐藤が、一部の清野部長を押しのけて一部の部長に昇進。その代わり、私が二部の部長になるということだ。

 女性初の部長。……でも、全く嬉しくなかった。むしろ、本当に嫌で仕方がない。重責に加えて社内営業……。地位にしがみつくおじさんを相手に、うまく立ち回らなくてはいけない。佐藤は「俺たちすげーよ!やりきったじゃん!」と心から喜んでいる。

 でも、私は別にこの仕事がやりたい訳じゃない。役職になんの興味もない。高校の頃は、コピーライターになりたいと思っていた。なれるものなら、絵本作家とかエッセイとか。絵を描いたり、文章で人の心に気付きや笑顔を与える仕事で食べていくことに憧れている。

 …………ん?

 そっか。私、やりたいこと忘れてたんだ。

 それから、手あたり次第調べ始めた。そうすると、たくさんのプラットフォームがある。
 note・ココナラ・カクヨムetc。

 あ、今度絵本作家の美術展がある。文学フリマ?コミケ?同人誌とか……へー。今は、こんな感じで自分で作れるんだ。
 
 ダラダラとしていた私が、ワクワクして新しい世界を一日中検索する。

 早く家に帰って、また検索したい!絵を描きたい。

 今回は新年度の4月に辞令を出すと、上から話があった。部長になる話が進んでいくが、のらりくらりとかわし続ける。私は、新卒からの入社で勤続20年以上を超えている。慣れ切った仕事。給与だって賞与だって、バツイチ女でも十分すぎるほどの収入は捨てられない。

 直樹と出会った頃、中学生だった上の娘の青音(あおね)は、既に二十歳になっている。「イルカの調教師になりたい」と言って大学に行かずに水族館に就職し、一人暮らしをしていた。私に気を遣って大学に進学しないのかとだいぶ説得したが「勉強がしたいわけじゃないから」と、まっすぐに夢に向かって進む娘は素敵そのもの。

 そして下の娘、花音(かのん)も高校卒業のタイミングとなっていた。この子は大学かなと思っていたが「ぬいぐるみが好きだから、これやってみたいと思って!見て!」そう言って、ぬいぐるみの修繕をしている会社のサイトを見せてくれた。確かに花音は、手先が器用で、よく自分でぬいぐるみを作ったり売ったりもしていた。
「この前、思い切って電話してみたんだ。そうしたら、今度面接してくれるって!なので、お母さん旅費をください笑」
 もちろん、旅費もホテル代も喜んで出す約束をする。

 私は“良い”大学とか“良い”就職先とかには、もともと懸念を抱いている。その“良い”は、世間的な価値観を持った親の押し付けでしかないから。何もないなら“良い”ところを目指したらいいだけ。

 二人とも、やりたいことに向かって輝いていた。それが嬉しくて、ほろほろと涙がこぼれる。花音は「まただ」と笑って、いつものようにティッシュを差し出した。

 私も、花音にやりたいことを思い切って話す。そして、背中を押してくれた。
「へー!いいじゃん。お母さんもやりたいことやってよ。もう、私たちの心配しなくていいよ」

 もう頑張らなくていいんだ……。

 この瞬間、私の心はポキッと折れた。

 離婚したことで子供にひもじい思いは絶対にさせないと誓った、しがらみからの解放だった。

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