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<小説/不倫・婚外恋愛>嫌いになれたらは、愛を信じてる裏返し(16)STAGE4-1・サイレント(序)

 社内全員に一斉メールが届いた。それは、大きな人事異動の通達だった。

9月1日付人事発令
1.佐藤 俊哉 
営業一部リーダーの任を解き、営業二部部長を命ずる。
2.中村 芹香 
営業一部サポート長の任を解き、営業二部リーダーを命ずる。
3.高田 邦人 
営業一部社員の任を解き、営業一部リーダーを命ずる。
4.鈴木 真理子 
営業一部社員の任を解き、営業一部サポート長を命ずる。
5.大野 啓次郎 
定年退職(9月15日付)

9月15日付をもって、現職の任を解き、各ポジションへの異動を命ずる。

 営業二部、大野部長の定年退職に伴う人事改変。私と同期の佐藤が、二部へ異動になる。リーダーは課長職に等しい。佐藤も私も栄転だけど、エースの佐藤が異動だなんて……。

 営業一部が花形とするなら、二部は日陰。人数も全然違う。一部には、営業10名に20名のサポートがいるが、二部は、営業3名とサポートも3名だけ。一部の仕事のおこぼれみたいな部署だった。でも、佐藤は何食わぬ顔をしている。あいつは絶対事前に知っていたんだ。

 直樹とも離れ離れになってしまった。フロアが別れるから、もう毎日職場で顔を合わせる事もなくなってしまう。どんなにケンカをしても、いつでも話せるところにいたのに。やっと落ち着いたと思っていたのに。

 たった二週間で、仕事の引継ぎやら取引先への挨拶周りをしなくてはいけない。私は、佐藤を捕まえて、ミーティングルームで話をした。

「知ってたんでしょ?」
「ああ。上から事前に相談を受けてた。大野部長が抜けるついでに、二部を立て直したいらしくてさ。芹香を二部のリーダーにするならやってもいいって言ったよ。でなきゃ辞めるって言ってね」
「何で私?何で事前に相談してくれなかったの?」
「お前を説得する方が骨が折れる。事前に知ってたら来たか?それに、給料も上がるんだから、芹香にとっても悪くない話だろう。半年で結果を出せって言われてる」
「半年?!無理でしょ。最低でも……」

 「二年」
 同時に言った。佐藤も無理だってわかってる。でもうなずくしかなかったんだ。

「入社から一緒だろう。芹香の事は頼りにしてるし、仕事も出来る。お前は頭も顔も良い。営業もそつなくこなしてる。何の不安もなく仕事を預けられる。お前がいれば、心の余裕ができるんだよ。やろうぜ、俺たちで。一部を食うぞ。腰掛けの清野部長に負けてられっかよ」
「顔……必要だった笑?」
「必要だよ!取引先は男ばっかなんだから。顔大事でしょ笑」

 辞令が出た以上、私に断る権限はない。強制連行みたいなもんだ。

 面白い。

 わかりやすい目標を追いかけるのは結構好きだった。男性と同等でありたい。何なら追い越したいといつも戦っていたように思う。男性にしてみれば可愛げがない女に見えるんだろう。愛に飢えているくせに、どこか男性と張り合う自分がいた。

 ミーティングルームから出る時に、佐藤が号令をかける。
 「芹香、営業先をリストアップして営業全員にメールしておいて。それを見ながら、全員で引継ぎするぞ」
 
 席に座って直樹を見たが、私と目を合わせてくれない。怒っているみたいに感じて、ラインをした。でも、直樹は携帯をチラッと見ただけで返信はくれなかった。

 私たちが抜ける事で、営業一部もあわただしくなる。サポートチームも異動をよぎなくされた。私の入金を手伝ってくれた鈴木さんが、サポート長になる。高田君がリーダーに昇格したことで、鈴木さんがそのまま高田くんのサポートに回る。高田君をサポートしていた近藤ちゃんが、直樹のサポートに入ることになった。

 そのせいかな……。

 でも気にする間も無く、私は次々とくる相談に追われた。鈴木さんが緊張と不安で泣いている。佐藤に呼ばれて部長と3人で、佐藤の担当顧客を振り分ける。直樹にも相談されたけど、笑顔もなく淡々と仕事のことだけ敬語で話された。浮き足立ってるのは近藤ちゃんくらい。目の上のたんこぶが居なくなったんだから。

 「野本さん。これからよろしくお願いしますね!私のこと、カナって呼んでください」
 これ見よがしのポジティブアクション。近藤ちゃんは、部長の愛人じゃないの?
「こちらこそ!よろしくお願いします。頑張りましょう」
私以外に見せる仮面を被った直樹が見て取れる。私にあんな顔をしたらと思うとぞっとする顔。みんなにはどう映っているんだろう。私に笑いかける、あの爽やかで優しい笑顔に見えるのだろうか。

 直樹と近藤ちゃんは、それからずっと二人で打ち合わせをしていた。あの甘ったるい声が、いつもより余計に耳障りだ。それを横目に、私は相談を捌きながら、顧客リストをアップした。

 急に、直樹を取られたみたいな淋しさ。仕事では私が一番近くにいるという優越感があったのに。奥さんが介入できないところで、公で一緒にいられる場所だったのに。

 早く直樹と二人で話がしたい。
“今日、仕事終わったらまたいつものところで話そう”
 そうお昼にラインをする。

 急な人事異動で、直樹もきっと戸惑っているはず。すぐ返信が来るかと思っていたけど、既読がついただけだった。

 仕事が終わる時間も合わず、直樹は定時になったらすぐに帰ってしまった。私は、残業を終えて待ち合わせ場所に向かったけれど、直樹の車はない。電話をしてみても、ラインをしてみても応答はなかった。

 家に居ても、いつもラインはすぐ返してくれるのに。

 それからも何度かラインをしたけれど、既読すら付かなくなった。それに、毎日欠かさずあったおやすみもない…。

 そこで、私はこれまで我慢していた奥さんのアカウントに手を付けてしまう。直樹と一緒にいた時は、見ることを躊躇していた。ケンカの種になるのは目に見えていたし、何よりも二人の時間を邪魔されそうで嫌だったから。

 何度も躊躇して恐る恐るタップしたけど、その日の動画はアップされていなかった。でも、インスタとXのURLもタグ付けされてて、その勢いのまま私は全部のSNSをチェックした。

 一度見たら止まらない。私は過去に遡って直樹を探す。夜中に布団に入って何してるんだろう。私は、直樹のラインを待っている間、ずっと奥さんのSNSを見まくった。惨めさと怒りが交互に襲う。

 夜中になっても既読が付くことはなかった。でも、もしかしたらという望みがどうしても捨てきれない。

 気が付いたら、新聞配達のバイクの音が聞こえてくる時間になっていた。このまま朝食の準備をしようと重い体と心を無理やり起こす。

 なんか、面倒くさいな……。

寝室のドアに手をかけたけれど、また布団に体を投げ出す。そのまま、ギリギリの時間まで布団から起き上がる気力がわかずに、私は携帯を握りしめて、ただぼーっと宙を見ていた。

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