穀物酢「"激安の酢"がヤバすぎる」と嘆く人は、庶民の暮らしも想像してほしい
東洋経済ONLINEに掲載されている、「安部司さんの日本酒記事」も、その記事にツッコミを入れるブログも、話題になっております。
今回は、安部司さんの「お酢」に関するこちらの記事に、私がツッコミを入れてみます。
私の結論としては「お酢のN-BOXとポルシェを比べたら、そうなるでしょう」ということです。
大手メーカーは「ぼったくっている?」
大手メーカーは「大量生産の薄めた酢を販売している!」とミスリードになりかねないですね。
安倍司さんは米酢の話をされているので、米酢の定義を確認してみまししょう。
米酢を作るには、原料使用量の規定「米の使用量が1Lにつき40g以上」というものがあります。
タンクに「1Lにつき40g以上の米」を使用して作れば米酢になりますが、この後で薄めてしまえば、「米酢」という表記はできなくなります。
そこで深部発酵で米酢を作るときには、「2倍の原料 (80g以上)、2倍の酢酸濃度」で発酵して、あとから半分に薄める方法を取ることがあります。2倍原料を使って半分に薄めるので、結局原料コストとしては通常と変わらないんです。
では、なぜ大手メーカーがこの方法をとることがあるかというと、2倍濃いお酢なら保管コストも運搬コストも半分になるからです。
確かにコストダウンにはなるんですが、決してぼったくっているわけではないんです。
安い穀物を使っている?
ここも誤解を招きかねない表現です。
確かに安部さんのおっしゃる通り、家庭でのお酢の代名詞である「ミツカン 穀物酢」は、米より安い穀物 (小麦、コーン)を使って製造されたものです。
一方で、すべての穀物酢が「安い穀物を使って発酵させたもの」というわけでもありません。
フィッシュ&チップスで有名なモルトビネガーも、カテゴリとしては「穀物酢」になりますが、比較的高級ラインのお酢です。
「安価な原料を使って作った穀物酢がある」わけで、「安価な原料を使って作ったから穀物酢」ではないんです。
「サッカーが上手なブラジル人がいる」わけで、「サッカーが上手な人をブラジル人と呼ぶ」わけではないですよね。
原料は何でもいい?
これは「原料は米が至高。それ以外は認めない!」みたいな姿勢が垣間見れる表現です。
ドイツでは「ビールは、麦芽・ホップ・水・酵母のみを原料とする」という「ビール純粋令」があります。それを彷彿とさせます。
ビールで言えば、日本の有名なブランド「アサヒスーパードライ」は原材料として「麦芽、ホップ、米、コーン、スターチ」を使用しています。ドイツの「ビール純粋令」からは外れた製品になりますが、スーパードライが多くの方に愛されているのは、みなさんよくご存知かと。
それではアサヒビールは「米、コーン、スターチ」といった原料はなぜ使用しているのでしょうか。「でんぷんであれば何でもいい」と思っているのでしょうか?
Wikipediaの孫引きで恐縮ですが、「米、コーン、スターチ」といった原料はスッキリとした「味づくりのため」のようです。麦芽とホップだけでは実現できない味を、絶妙な原料のブレンドによって実現しているわけです。
穀物酢の場合も、値段の制約がある中で多くの人に愛される製品となるよう、原料のブレンド比率が決められています。お酢メーカーは「何でもいい」と思って小麦やトウモロコシのブレンドを決めているわけではない、と私は考えています。
あの〈醸造アルコール〉で増量されている!
2001年にアルコール専売法は廃止されて、販売は国ではなくなっています。専売法があって、廃止されたのは私もはじめて知りました。勉強になります。
さて、ここで再三出てくる「醸造アルコール」。さも悪者のように書かれていますが、その正体は何なのでしょうか?
醸造アルコールというのは、サトウキビなどを原料として「発酵」を行い、蒸留を繰り返して造っています。同じ作り方をしたものとして「スピリタス」がありますね。
安部司さんがフェアじゃないなあと思うのは、「なんと!あの!醸造アルコールを使っているのです!ドラム缶に入った!」と言いながら、肝心の醸造アルコールの説明が一切ない点です。
醸造アルコールって、さも石油から化学合成で作られているようなイメージを、文章を読んだ人は思いかねない気がしています。醸造アルコールは農産物原料から作られています。
もちろん醸造アルコールを使えばコストダウンにはなりますが、農産物原料から発酵で作っている以上それなりにコストはかかりますし、「濡れ手で粟」というほど儲かるわけでもないのです。
安部司さん基準に合うお酢とは
安部司さんの基準でお酢を選ぶと「富士酢プレミアム」が、該当する製品かと思います。
私も一度味見したことがあるんですが、確かに独特の風味があって、お料理が一味変わることは事実です。
が、高いんですよ、お値段が。お酢の世界の「ポルシェ」です。
また「富士酢プレミアム」には独特の風味があり、「クセ」と感じる方もいらっしゃいます。例えると日本酒的な風味です。お酒が苦手な人にとってはちょっと合わないかもしれません。
一方、安部司さんに散々言われている大衆的な米酢ですが、〈日本酒的な〉香りは抑えつつ、〈ごはん的な〉な馴染みやすい香りで、クセが少なく使いやすいともいえます。
穀物酢からのステップアップには、私は普通にスーパーで売っている米酢がいいかなと思います。何より全然手に取りやすい価格です。
ミツカンの製品はクセが少ないので、酢の物だけじゃなく、和風ドレッシングだったり、中華料理にもいいと思います。
もちろんドレッシングには果実のお酢、中華料理には中国の醋を使うとグッと本格的になるんですが、いちいちそんなの家庭で揃えてられないと思いますので、一般家庭には、一般的な穀物酢や米酢が使いやすいと思います。
N-BOXとポルシェを比べてはいけない
一般的な穀物酢や米酢は、自動車でいうところの〈N-BOX〉みたいなものなんですよね。色々な用途に使えて、そこそこ走れて、それでいて価格も一般的。まさに「大衆向け」の製品と言えます。
安部司さんの勧める米酢は「ポルシェ」みたいなものなんです。確かにポルシェは圧倒的な走行性能に洗練されたデザイン、素晴らしい車だと思います。一方で、狭い住宅街を通って子どもを幼稚園へ送迎したり、家族のものを含めてまとめて買い出ししたりといった用途では、ポルシェではちょっと不向きなんです。
私としては、安部司さんは「やっぱポルシェの走行性のは最高。N-BOXはダメダメ」と言っているようなもので、結局人や荷物を乗せたりするような一般用途には、N-BOXは非常に便利なんですよ。同じことで、穀物酢はやっぱり一般家庭には向いている製品だと、私は思います。