本屋大賞2024ノミネート小説全作レビュー【第7位〜第10位編】
本屋大賞2024にノミネートされた全10作品をレビューする連続企画の最終回。以下、第7位から10位の読みどころを紹介する。
第7位『リカバリー・カバヒコ』作:青山美智子/毎日新聞出版
【青山美智子節全開 癒しの連作短編小説】
5人の主人公たちが正面から過去と向き合い、己の弱さを受け入れていく小さな物語が描かれる。読む者の「傷」を優しく癒してくれる作家といえばこの人——青山美智子による連作短編集である。
何といっても、本作のシンボルである「カバヒコ」がいい。公園にある古びたアニマルライドで、彼の顔は泣いているようにも、笑っているようにも見える。曖昧な表情であるが故に、見る者の想像力を掻き立て、まるで何か語りかけてくるような印象を抱かせるのだろう。
その点、とある肖像画が作中で何度も登場する過去作『赤と青とエスキース』と本書は似ている。登場人物たちを優しく見守るシンボルこそが、青山作品の魅力のひとつなのだと思う。
また、老いることや衰えること、病気になることといったことに卑屈になるのではなく、そのまま受け入れていこうとするキャラクターが作中で登場する。
筆者は本作を読んでいて、自分もこんな「悟りの境地」に至れるのか、30代の現時点では全く想像がつかなかった。だから50代・60代になったとき、カバヒコの物語をもう一度読んでみようと思う。それまでずっと大事に本棚にとっておきたい一冊だ。
第8位『星を編む』作:凪良ゆう/講談社
【前作『汝、星のごとく』を読んだだけじゃ、もったいない!】
本屋大賞2023を受賞した恋愛小説『汝、星のごとく』の続編。瀬戸内海の島で生まれ育った暁海(あきみ)が、初恋の相手である櫂(かい)と過ごした青春時代の「その後」が描かれる。
本作は連作短編集という形式をとっている。暁海に加え、前作で登場した人物——北原先生や植木さん、二階堂さんといった、かつて暁海と櫂に手を差し伸べた大人たちの視点から物語は進む。
この大人たち、前作ではみな賢明で強く、まだ高校生だった暁海を確かな方向へ導く存在に見えた。でも視点が変わると、必ずしもそうじゃないと分かる。誰しもが、愚かさや弱さを抱えたまま年齢を重ねるらしい。
本作で34歳になった暁海は語る。「愛はどこまでもパーソナルなもので、逆に『瑕疵』や『不完全』こそが、最後まで心に刺さって抜けない甘い棘になるのかもしれない」
凪良作品では、どのキャラクターも多面的に丁寧に描かれるからこそ輝いて見える。暁海が言ったセリフと同じ理由で、読者もまた、それぞれのキャラクターを愛してしまう。そして彼らが自分の人生を生きられるよう、心から願ってしまうのだ。
第9位『放課後ミステリクラブ 1金魚の泳ぐプール事件』作:知念実希人/ライツ社
【天馬君から学ぶ「名探偵の思考法」】
本作は、4年1組「ミステリトリオ」こと辻堂天馬・柚木陸・神山美鈴が小学校で起きた不可解な事件に挑むシリーズの第1作。喩えるなら、『名探偵コナン』の少年探偵団のような、微笑ましさとたくましさをみせる子どもたちが描かれる。
児童書ながら、筆者は本作の事件に身につまされるものを感じた。当事者からすれば「偶然起きたトラブル」だったとしても、第三者の視点だと「悪意ある行為」に見えてしまうことがある。立場が異なれば事実の捉え方も変わるというのが本作の面白さ(トリック)であり、同時に、読者に対する警鐘にもなっている。
断片的な情報だけでは一方的な「決めつけ」や「無理解」になりがちで、他人を精神的に追いつめる危険性だってある。リアルの場でもネット上でも、子どもでも大人でも、誰しもが被害者や加害者になりうる。
だから、実に今日的なテーマの本であり、是非こどもたちに読んでほしい一冊だ。そして、名探偵・天馬君のような俯瞰して物事を見られる人物に育ってほしいなと願う。
第10位『君が手にするはずだった黄金について』作:小川哲/新潮社
【知的好奇心に蓋をしない生き方】
偏屈であるが故に孤独。でも自分以外の誰かと繋がり、外の世界を知りたいと切に願う。そんな小説家の「僕」が主人公。作者・小川哲の私小説のようなつくりになっていて、作中、主人公が自分とは異質な性格の人物に次々と出会う。
「僕」がすごいのは、出会った相手に偏見を持たず、拒絶もせず、何日もかけて情報を集め、想像力をはたらかせて理解しようとするところだ。つまり、世界には自分の知らないことが無限にあるんだという謙虚なマインドを持っているともいえる。
この点、過去作『君のクイズ』の主人公に通ずるものがある。小川作品で描かれる知的好奇心に蓋をしない生き方は、本を愛する人や、何かしらの創作活動をするような人にきっと響くのではないだろうか。
読めば、作者の執筆の裏側を垣間見ることになる。ファン必見の一冊だ。
総額18,370円で出かける旅
以上、全3回に分けて全てのノミネート作をレビューした。販売価格を合算してみると、18,370円(税込)。高いとみるか安いとみるかは人それぞれだろう。ちなみに筆者の場合、レビューに書いたとおり過去作や関連作も買ったので更なる出費だ(いくらになるのか考えたくない)。
だが、この投資と読書経験は一生モノだと信じたい。普段だったら手に取らないジャンルにも挑戦し、視野を広げるチャンスをもらえた。
第10位の『君が手にするはずだった黄金について』にはこんな一節がある。
最後に、本屋大賞という「お祭り」、あるいは21年も続いてきたという歴史を振り返り、もはや「文化」となったイベントに感謝したい。この文学賞を支えてきた全ての方々、書店員さん、そして作者の皆様、ありがとうございました! 来年も楽しみにしています。