KISSACO
今感じることや思いついたこと、すぐに忘れてしまうYURIさんなので、忘れないうちにここに書きます✏️
KISSACOをはじめてから私の毎日は常に麻袋と共にあります。 コーヒー店さんが送ってくださったり、自ら麻袋を探しに行ったり、この十数年もの間、私のそばから麻袋が一枚もなくなる日は一度たりともありませんでした。 しかし、ある時ふと思ったのです。 「麻袋ってこれからもずっとあるの???」 と。 コーヒー関係の会社の方にそのような話を伺ったところ、最近は麻袋ではなく、より防湿性の高い別の素材に梱包する国が増えているそうです。 確かに麻袋が目的ではなくて、その中身のコー
コーヒーの麻袋って、一体どんなふうに作られているの? 麻袋にどうやって絵柄をプリントしているのだろう? 麻袋自体はどこで織っているのだろう? 私もKISSACOを始めたころから気になっておりましたが、6年ほど前に念願かなって、当時連載をしていた雑誌・珈琲時間の取材としてインドネシア・バリ島にあるコーヒー農園とジャワ島にある麻袋のシルクスクリーン工場を訪ねることができました。 ハワイやバリ島など、コーヒー農園は観光スポットにもなっているので、KISSACOのお客様からも
*前回からの続きです。 KISSACOで苦労されたことは何ですか? と、今までも色々な方に尋ねられました。 好きなことなので苦労話として語るのは少し違うかと思いますが、でも強いて言えば麻袋を譲っていただくことだったかもしれません。 前回も書きましたが、麻袋は中身のコーヒーの履歴書のようなものだそうであまり無防備に人にあげることができない物だということをKISSACOを始めてある程度の時間が経ってから、私も知りました。 絵柄が可愛い! 色が綺麗! それなのに捨てられて
*前回からの続きです 2011年の1月、第二子となる長女を出産しました。 PARCOさんの クリエイターズマンションというECサイトで細々ながら販売を続けていたので、産後に子育てが少し落ち着いたらまたのんびりと製作を再開しようと考えていた矢先のこと。 晴天の霹靂のごとく3月11日に東日本大震災が発生したのです。 その日は偶然にも産後初めて娘を連れて外出した日で、生まれたばかりの娘を抱っこしながら近所のショッピングモールで買い物をしていたところ被災しました。 大きな地
*前回からの続きです イベントに出店するにあたり、バッグを仕上げると共に出店者名を決定して申請する必要がありましたが、ブランド名はほぼ迷うことなくKISSACOに決めました。 KISSACO喫茶去(キッサコ) とは禅語で、 とりあえずお茶でも召し上がれ、 という意味や、 老若男女分け隔てなく喫茶去であるべき、 という使い方をするそうです。 そもそもどのように喫茶去という言葉を知ったかというと、私は夜間のバッグの専門学校に通っている時期に昼間は出版社の編集部でアシ
*前回からの続きです。 麻袋の加工の相談をするためにやってきた工場は墨田区の民家がひしめき合う一角にあり、ドラマのセットにでも出てきそうな、いかにも下町の工場という雰囲気でした。 職人さんに会うまで、 こんなにゴワゴワした分厚い素材を加工できるのか? 少ない量でも快く引き受けてくれるだろうか? などの不安材料があったので、無理です、と突き返されることも想像していました。 工場に着く直前まで、ふにゃふにゃとぐずっていた息子はちょうど眠ってくれたので、それだけはほ
KISSACOをスタートして、2020年7月で11年目を迎えました。 それぞれの国や農園によって、絵柄も麻の色味やテクスチャーもすべて異なるユニークで個性豊かなコーヒー豆の麻袋に私は惹かれ、2009年の7月からKISSACOのバッグを作り始めました。 そもそもKISSACOをはじめるきっかけとなったのは、ひょんなことから父がコーヒーの麻袋を自宅に持って帰ってきたことから。 当時の父は、ちょうどコーヒーの会社の社長をしており、たまたま焙煎工場に視察に行った際に麻袋がふと目