「 葛藤。はしりがき。 」
生き方は多様化している。
「こうありたい」自分の夢も具体的に強く、ある。
これは違う、ここではないんだ、という正直な心からの声も聞こえる。
ぐんぐん広がりたい自分をとどめているのはいつも、どういうことか「自分」なんだ。
卑しい「見栄」のせいなんだ。
もうここまでわかっている。
いつか手放すことはできるだろうか。
手放したいという思いと裏腹に、それを必死にギュッと掴んで離せない自分がいる。
憧れられたい。
馬鹿にされたくない。
お金が欲しい。
がっかりされたくない、嫌われたくない。
これらを叶えていくことが、守り抜いていくことが私のやりたいことではないのに。それなのに、やっぱり手放せない。
他者が私に対して憧れるも、馬鹿にするも、嫌うも好くも、がっかりするも、私はそれを決めることはできない。どう思っているかなんて、正確に知る術もない。そもそも、なんとも思ってないのが大半だろうに。
お金について。
もちろん豊かでありたい。
やりたいことをやるにはやっぱりお金が必要。
でも、「お金」よりも今の私は「稼ぐ手段」に重きを置いている。
自分の心に嘘のない稼ぎ方をしたい。自分の納得できない我慢をして稼ぐことはしたくない。そのラインは私の中にある。
そして、いつも心晴れやかに仕事をしていたい。働いている自分を好きでいたい。仕事をしている自分の心の中は軽やかで澄んでいたい。
それを曇らせ濁らせるのは、
仕事内容かもしれない、
会社の理念かもしれない、
仕事の拘束時間かもしれない、
仕事仲間かもしれない。
そいうものひとつひとつに納得し好きでいたい。
好きでいられる工夫を凝らしていたい。
100%は難しくても、なるべくなるべく、全部に嘘なくありたい。
誰かに主導権を掴まれるのは嫌だ。
誰かに指図されるのも嫌だ。
いつでも軸は自分の中に貫いていていたい。
“不平不満、愚痴を言うよりも、その状況や環境を脱する行動力と勇気を持っていたい”
そう思って生きてきたから、何一つ誰のせいにもできない。したくない。
“選択肢はいつでもある。正しいものを選ぶ勇気がないだけ。(映画COMEN)”
いつでも必要なのは「勇気」なんだ。