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『居るのはつらいよ』東畑開人

飲み会で、一次会が終わって二次会に行くまでのダラダラした時間が本当につらい。なんでみんなうまい具合にグループに分かれて絶妙に軽やかなおしゃべりができるんだろう。それ、才能だから。私は別に酒が大好きなわけではないからもう十分。さっさと家に帰ってお風呂に入って布団に入りたい。明日睡眠不足にもなりたくない。お腹も一杯だし今日はもう疲れた。適当にあいづちを打ちながらあと2時間を過ごすくらいなら、一瞬の勇気でのりきろう。誰かにしれっと声をかけて帰ろう。そしてそのあと駅のホームで誰かに会ったりしませんように。
『居るのはつらいよ』というタイトルで私が思い浮かべたのは、上のような状況だ。することがない時に「ただ、いる、だけ」ができる人とできない人がいる。できる人にとっては意識すらしていないことだと思う。だけど、私は意識して、頑張ったとしてもできない。そもそも頑張ってできるものではないのだ。

この本は、臨床心理士の東畑開人さんが大学院博士課程を終えて初めて勤めた沖縄の精神科デイケアで過ごした4年間を元にした物語。京都大学で「末は博士か大臣か」の「博士」資格を得て、アカデミックにとどまらず現場で経験を詰もうと勇んで沖縄にやってきた東畑さん。カウンセリング業務もあるにはあるけれど、時間と体力を割かれるのは利用者の送迎や、ソフトボールなどのアクティビティ、麦茶作りである。そして彼にとって最もつらいことは何もしないで、そこにいるだけの時間が存在すること。ひたすら木目の数を数えたりもするけれど、時計の針は一向に進まない。給料泥棒に思われるのではないか、何をしにここに来たのか。自分が求めたものは、これじゃない。

わかる。自分も1年契約で入った仕事で、仕事がなさすぎて悩みすぎて手が震えだしたことがある。「仕事なんて忙しくない方がいいじゃん」と平然とできる人もいるけれど、仕事がない状態こそが苦しい人もいる。しかし東畑さんはあるきっかけに「ただ、いる、だけ」を体得する。利用者さんとのカウンセリングやアクティビティや、デイケアの雑務をこなしながら、そして自らが存分に悩みながらケアとセラピーの違いや関係を明らかにしていく。そしてケア施設が役割ゆえに宿命的に抱える課題も提示される。私はケアとセラピーを「なんとなくほっこりしたもの」とぼんやりとイメージしていたけれど、抜本的に違う。ケアやセラピーに携わる人は、概念をこの本でしっかりつかんでおくと、すっきり区分できてモヤモヤしにくいと思う。

東畑さんの『野の医者は笑う: 心の治療とは何か?』の感想を読んだ友達から「東畑さんの本を交換しようよ」というオファーがあったので読んだこの本。東畑さんが精神科デイケアで過ごした『居るのがつらいよ』と、その後期に沖縄のヒーラーなどいわゆる西洋医学ではない癒す人々について書いたのが『野の医者は笑う: 心の治療とは何か?』。どっちも面白い。

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●東畑さんインタビュー
だから、「居るのはつらいよ」と言葉にする。「ふしぎの国」の精神科デイケアで4年を過ごして

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