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評㉟下・KERA『世界は笑う』@シアターコクーン、S席11000円

 ※長すぎたため、上下に分割。
評㉟上・KERA『世界は笑う』@シアターコクーン、S席11000円
 から続く。

劇に使われたのは、極めて小さな笑いの連続

 <2>KERAがこの劇自体の演出に使った笑いは、極めて小さな小さな笑いの連続。引いて引いて押す、押して押して引く、みたいな。コント的な。数十回使っていた。
 ・言い間違い(人の名前。トラブルとトラベルとか)
 ・A「ええ、なにそれ(おかしい、変だと指摘)」、B「じゃ、やらないよね」、A「いや、やる」、B「え、なにそれ、やるんかい!!」的な、ふっと外す感じか。あと、「応援してます」(間、言われた役者うれしそう)、「遊び半分に」(ええ?⇒笑)的な。タイミングがずれると笑いが成立しないので、稽古は大変だったろう。

 ちなみに、私は天邪鬼で「ここで笑わせに来ているな」といちいち身構えチェックするため、なかなか笑わない。バリアをし損ねて笑ったのは一度だ(損な性分だ、困った客だ、金払ってるのだから、素直に笑えばいいのに)。評を書くためには仕方ない部分もあるが。
 その一度は、誰それさんが好き、というのが実はみんなにばれていた、というそれだけなのだが、その辺の流れは上手い。思わず笑った。

 人間の死、あるいはヒロポン中毒者の苦しむ様子すら、心を痛めつつ、おそらく笑いに変える。ヒロポン中毒の最中の様子は、妖怪が出てくる夏の怪談のようだった。関係者からは怒られるかもしれないが、正直、楽しめたのだ(その後の虫のぞろぞろ這う様子は怖かったが)。そう、笑っても泣いても、「人間の死亡率は100%」(劇中、誰かの台詞に会った)なのだ。 

 <3>今の時代には受け入れられそうにない表現をあえて、使っていた。
 「メス犬」「〇ンコ」、大声でどなりちらす男。これは意図的か。

大倉の動⇒静と松雪の静⇒動の共存

 KERAの台本はあてがきらしいので、どの役者にも合う役、台詞を準備したと思う。三角座における「笑い」「面白さ」談義が相当尺をとったせいか、全体のストーリーや各役柄の掘り下げはやや「ぶん投げた」感がある。しかし、「それが人生さ、ケ・セラセラ」である。

 その中で、やはり、目を引いたのは大倉と松雪。大倉、今回はやさぐれ系男だったが、終盤はすっと冷静な立ち姿への変化が驚かせた(動⇒静)。これに対し、美しいながらも謙虚な松雪が我慢しきれないように感情を向きだす松雪(静⇒動)、この、ベクトルの向きを急に真反対にした静と動のふたりが、同時に舞台の板の上に乗っていた。へー、これは見ものだった。

 亡くなった男を思う伊勢、認知症の老婆を演じた銀。心中を吐露した。意外なところで、役者たちの中で幇間的な役割(舞台裏では笑わない殺伐とした芸人たちを、笑わせる役)を演じていたラーメン屋のマギーが、芸人たちに突っ込まれて「ラーメン屋が遊んじゃいけないのかい!」は面白かったな(終盤は暗いラーメン屋になるリアル)。

 心中をあまり表に出さない役だったが、山内と緒川は全体を〆た。山内の傷痍軍人も、緒川の女優トリコも、結局は淡々と演じている(あまり叫ばないし、恋心以外はそれほど深刻な悩みはない⇒)主人公たる瀬戸の「話し相手役」だったのだ。

ついていけない女

 そう、気になったのは伊藤だ。伊藤は千葉に恋をしている役のはずだが、申し訳ないが正直言うと、やや精彩を欠いたように感じた。
 瀬戸の恋心は山内と緒川の後押しがあったのに比べ、伊藤の恋は当然のごとく語られ、周囲の明確な後押しがなかったこともあるのか。そして伊藤は終盤、「皆さんに私にはついていけません(だったか、わかりませんだったか)」といって号泣する。大きな声が響いた。
 後述するが、これは残酷な喜劇人たちの物語。そのみんなに、ついていけない女、伊藤。つまり、残酷でない優しい人間。そういう役回りだったのかな。
 ※8/29追加 今春の、蓬莱竜太との交際報道関連も頭に浮かんだの事実。
前置き・評㉗文春砲直撃の蓬莱竜太『広島ジャンゴ2022』を観るまで、演劇界考(2022年4月27日)
 そういえば、伊藤は千葉と共演したNHKドラマ「いいね!光源氏くん」が好評でシーズン2までいっていたな。

私が感じたようなことは、役者たちはとっくに

 さて、パンフをよく読むと、先に書いた、自分が感じていたようなことは役者たちはとっくに感じていた。当たり前だが。パンフ2000円!を買ってよかったかな。
 大変長いが、一部を引用する。太字は私。

 瀬戸・KERA3回目「台詞の端々に残酷さみたいなものが滲み出てる気がして、それが昭和30年代という時代の空気なのかなと感じてます。その残酷さとのギャップで、笑いが盛り上がっていたんじゃないかな」
 千葉・KERA初「『昭和の人になってください』と言われていました」
 勝地・KERA初(※8/30追加)「(ラサール演じる山屋トーキーの台詞)『面白かったかい。だったらもうそれで充分かな……一生面白くねえまま死んでく奴いっぱいいるからな』と答える場面、何回見ても泣きそうになるんです」
 伊藤・KERA初「会話から笑いが生まれ、その瞬間に空気が変わる」「喜劇人、芸人の笑いは、意外といつの時代も殺伐として中で作られているのかもしれなくて、そのギャップが面白いんだろう」
 大倉・ナイロン100℃「今より熱量があった時代の人たちを演じる」「気後れ」「自分みたいになんとなく役者になった人なんてその中にいないだろう」「今回の作品は異色作では。KERAさんの作品だともう少し笑いで全体が構成されるというか、笑いを含んだ話運びがあるというか。ヒリヒリするやり取りが多めなのかな」「あと今回は人の出入りがとにかく多い。KERAさんの芝居って大人数のシーンよりも、少ない人数のシーンを組み合わせを変えて繰り返して進んでいくことが多いんですけど、今回はガンガン人が入れ替わっていく。一人一人のエピソードも、それほど語られることがないし
 緒川・KERA多数「稽古を見ていて感じ取れるのは“男社会”の空気。今でこそ男社会や縦社会を見直す、そうした問題提起が盛んですが、ここに描かれる昭和30代初頭は、男社会で大事にされているものが世の中の当たり前の基準だった、その事実を噎(む)せるくらいに感じるんです。ただ(略)哀愁、逃れられない悲しさみたいなものも漂っていて……」「人間の物悲しさを漂わせている人たちが、人を笑わせることにこだわりを持って生きる」
 山内・KERA7回目「KERAさんとの稽古は先がわからない面白さ」「KERAさんは逆算で演じてほしくないと」「稽古をしながらKERAさんの中で変わっていくものがあり、それによって役もまた変わっていく」
 マギー・KERA何回目?「昭和30年代の喜劇人たちと(略)手段や媒体は変われども、自分の体を使って、目の前の、もしくは何かの向こうにいる人たちを笑わせたいって情熱は共有できるんじゃないかと」
 伊勢・KERA2回目「実は人を笑わせたり、面白いことを考えている人は恐ろしくストイックだったり、命がけだったりすることは意外と知られていないのかな」「体を張るのと同じくらい、脳を痛めつけて笑いを生み出しているんですよね」
 廣川・ナイロン100℃「今回の台本(略)これまでKERAさんが書いてきたものとは雰囲気がかなり違う」「哀愁を帯びている」「自分自身は(略)役者としてはなんとかギリギリ頑張って生きている状況。だからこそこの作品の登場人物たちが抱えているものに対して、どうしても頷いてしまう部分はありますね」
 神谷・KERA初?「本当に化け物級の俳優さんばかり
 犬山・ナイロン100℃「劇団だと、共通言語もあったり(略)感覚でわかる事が多いとかありますけど、特にプロデュース公演の時のKERAさんの伝え方が年々素晴らしくなっているなぁ」「なんてことのないような会話の積み重ねがKERAさんの作品の大きな魅力」
 温水・KERA4回目「時代に置いていかれそうでアオタン(※劇中、温水が演じた芸人)は必死です」
 山西・KERA多数「(KERAは)これだけ喜劇を書き続けている人」「毎回、自分が作った(方程)式自体を疑って、作品ごとに新しい方程式をイチから作ろうと」「この途方もなさ、貪欲さ
 ラサール・KERA作品は初(演出はあり)「喜劇人全体で言うと、面白くない人のほうが多いんですよ。全員が面白いわけじゃないからね。それでも昔は食えたんです」
 銀・KERA初「舞台に立つ人間とは違う形での『笑い』の愛し方」「芸を見る目がなければ、興行主も務まらない(※劇中、銀は興行主の役)」「時代が変わっていくその足もとで、消えていく人たちがいる……私はそういう感覚がすごく好き」「悲惨でも、みんなが一生懸命に生きていることが伝わればいいんじゃないでしょうか」
 松雪・KERA何回目?「殺伐とした喜劇人の中で泳ぐように朗らかに」

 つまり、殺伐とした喜劇人たちの話だった。そして「最後はほんの少し光が差し込む、そんな終わり方になるような予感はありますね」(ラサール談)のごとく、終わった。

 役者たちのインタビューを読むと、自分のこの芝居に抱いたいろんな感覚もまんざら外れていなかったように思う。
 そして、KERAが笑いに対して大変真摯に向き合っていることをひしひしと感じ、また何故か安堵した。リスペクトしたい。勿論、KERA以外の世界中の人が考えているのだろうが、それを公で表現できる人は一握り。

 終演後、渋谷駅への帰途、後ろを歩いている二人連れの声「いろいろ考えさせられる劇だったね」。おお、芝居、ここに原点。
 そして、109の前には、樹木希林に似た目つきで空を見つめるキャリーバッグ引きの老婆がいた。これが人生だ、ケ・セラセラ。

パンフ2000円


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