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じめじめした夏の夜に吹いた秋の風|ハンバート家の秋の三夜|ライブレポート

初めて観るハンバートハンバートのライブ。
初めて訪れた文化村オーチャードホール

それなのに、この場所には、とても懐かしい風が吹いている気がした。

軽妙なトークに涼しげな秋の風が吹きこむ

外のじんわりとした暑さとは切り離され、冷んやりとした空気が流れるホールに登場したハンバートハンバートのおふたり。

ご夫婦でもある佐野遊穂さん佐藤良成さんからなる男女ボーカルデュオは、最初の挨拶で、いきなり軽快なトークを披露してくれた。(個人的に、外に置いていたサンダルが干からびて、ホルモンみたいに縮んだ話が好きだった)

まだ曲が始まっていないとは思えないほど、ほんわかした盛り上がりを見せる会場で、満を辞して一曲目に披露されたのは、懐かしい記憶の情景が歌われる「永遠の夕日」

〈君と初めて出かけたのはこんな秋の日だった〉と遊穂さんが歌えば、外はまだまだ暑いのに、一瞬で会場には秋の風が吹きこんで、涼しげな夜へと様変わりする。

告白したことへの後悔とこれからの不安を赤裸々に歌った「恋はいつでもいたいもの」で、心地よいギターの響きとハーモニカの調べにうっとりしていると、またもや「昨日の話なんだけど…」と軽妙なトークが再始動。

車椅子の人を押したときに交わしたやりとり、新聞の集金の人に冷凍ボトルを手渡すときの葛藤、どれもクスッと笑えてほっこりする。

ところどころで相槌を打ちながらも「17分経ったのにまだ2曲しか演奏してないよ」と、控えめに曲を始めようとする良成さんと、まだまだ話し足りなさそうな遊穂さん。本当に素敵なコンビ。

「その話はあとで聴くから」とパートナーを宥めながら、良成さんのギターから始まる「どこにいても同じさ」「君の味方」「恋の顛末」が続けて披露されると、静寂なホールに素敵な歌声が響きわたる。

優しさを伴った音色と、日々、目の当たりにする現実が、違和感なく同居しているハンバートハンバートの楽曲は、友情も恋も、どんな思い悩みにも、正直に応えてくれる柔らかさがある。

お鍋の焦げを取りながら、自分のライブMCを観て笑っているという、なんとも愛おしい遊穂さんのエピソードが語られたあとは、優しいピアノの音とともに「まぶしい人」が演奏される。

その後も、まさにゴールデンコンビのおふたりによる「黄金のふたり」が、絶妙なハーモニーで歌われ、遠い地にいる愛しき人のことが歌われる「アメリカの恋人」では、遊穂さんの高らかなハーモニカの音色が響く。

秋の夜空に下で歩き疲れて眠る「僕」がひとりごちる「生活の柄」は、高田渡さんの原曲をカバーした一曲。

どこか物憂げで、それでも前向きな想いを抱かせるハンバートハンバートならではの歌い方で、原曲とはまた違った良さがあった。

前半パートの最後には、悲しみを忘れて楽しくお別れしたい、そんな男の最後が描かれる「大宴会」が、しっとりと歌い上げられた。

どす黒い感情でも柔らかな色合いに変えてくれる

10分の休憩をはさんで行われた後半パートは、往年の名曲である「おなじ話」からスタート。

互いに言葉をかけあい、何気ない会話が進んでいくにつれて、ふたりの男女の距離に気づく。一曲のなかで変化していく言葉の意味に、どれだけ時が経っても感情が揺さぶられる。

やっぱり前半パートで話しすぎたのか、ここからは怒涛の演奏ラッシュ。

消え入るような歌声にギターが優しく寄り添う「小舟」、童話のような壮大な愛が歌われる「ふたつの星」、友だちとの他愛のない日々から、思春期の胸中をひもとく「それでもともに歩いていく」

そして、良成さんがおもむろにピアノの前に座ると、力強い指先から鳴らされたのは、「虎」のイントロ。

人の胸に届くような
そんな歌がつくれたら

虎/ハンバートハンバート

この楽曲を聴くと、すぐに涙腺が緩んでしまう。

情けなさや惨めな気持ちをありのままに歌い、それでいて、希望がぽろっとこぼれ落ちる歌詞は、いつも〈光ることば見つからない〉と苦しむ自分の想いを代弁してくれるようだった。

続けて演奏された「ぼくらの魔法」は、自分が好きなアルバム『愛のひみつ』のなかでも、いちばんお気に入りの楽曲。

お腹空かない? なんか食べよう
晩ご飯の残りなら あっためるけど

ぼくらの魔法/ハンバートハンバート

日常の一コマを切り取ったかのような生活感のある描写が、この「ぼくらの魔法」にはちりばめられていて、だからこそ、歌詞にそこはかとなく流れる有無を言わさない現実も受け止めていられる。

しんみりとした空気とはうってかわって、遊穂さんが笑顔で打楽器を鳴らして手拍子を誘うと、いつも気持ちを前向きに持っていかれる「私のマサラ」が小気味いいテンポで歌われる。

さらに「23時59分」では、巻き起こった手拍子に合わせて、歌詞をなぞるように席に座る人々を指差しながら、〈さあさ 目あげて 声あげて 手あげて〉と会場を煽っていく。

間奏では、遊穂さんの颯爽としたハーモニカソロが鳴り響く。
もう、大盛り上がりだった。

そして、ライブごとに曲中にある単語を変えることでお馴染みの「国語」では、”コンプライアンス””キックバック”など、ちょっとした皮肉を交えながらリズム良く歌いあげる。

ねぇオリジナリティって?ねぇクリエイティブって?
わからないくせに使うなよ

国語/ハンバートハンバート

普通なら、どす黒く染まってしまいそうな感情だとしても、ハンバートハンバートの手にかかれば、ユーモアを交えて、なじみ深い色合いへと変えてくれる。

最後は、季節を問わずに抱えた想いを届けたいと歌う「メッセージ」が披露され、大きな拍手とともに本公演が終わった。

手拍子で舞い戻ってきてのグッズ紹介も終わり、アンコールで歌われたのが、良成さんのバイオリンと、ついおせっかいな母親の口をついて出る言葉が耳に残る「うちのお母さん」

そして、2024年9月に公開となる同名映画の原作ともなった「ぼくのお日さま」だった。

あたまにきても ことばがでない
く く く くたばれ これじゃ勝てないね

ぼくのお日さま/ハンバートハンバート

吃音の少年が胸に抱える想いが、あまりにも繊細な言葉で綴られていく「ぼくのお日さま」は歌詞にも、その苦悩の一端がストレートに表現される。

歌を聴いているだけでも、一冊の物語を読んでいる気持ちで胸が締めつけられるような想いを抱くのだから、映像を伴うストーリーが流れる映画ではどう描かれるんだろうか。

曲を聴きながら、映画の公開がよりいっそう楽しみになった。


ハンバートハンバートの音楽は、夏には涼しくて、冬が近づくと暖かくなる、不思議な織物みたいだなと思う。

だから、忙しくて心に余裕がないときでも、ゆっくりと過ごしたい憩いの時間でも、四季を問わずに聴いていたくなる柔らかさがある。

ライブでおふたりの生の歌声を聴けて、本当にうれしかった。

また来よう。

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