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黒田研二
2023年2月21日 05:03
エピローグ 事件から一年が過ぎた。 今、僕と蘭はリカードに会うため、ボリビアへ向かっている。まさかこんなに早く、リカードと会うことになるとは思っていなかった。 きっかけは僕の作った曲だった。 再びチャレンジした「ロック天国」のチャンピオン戦で、僕は一連の事件によって悟ったことを歌にした。親が自分の子供に愛しさを伝える歌なのだが、子供のいない僕はリカードを思い浮かべながら、曲を書いた。 僕は
2023年2月20日 07:01
最終章 ありがとう、さようなら(7)3(承前) ふと上着のポケットに手をやると、カセットテープが一本入っていた。親父の荷物の中に入っていたカセットだ。どうせこれも演歌だろうと思いながら、セットしてみた。 再生してもなかなか音楽が始まらないので、僕は応接間を離れて、居間に手紙の束を置いた。 郵便のほとんどは香典返しの商品を売りこむダイレクトメールだったが、その中には僕宛ての封筒も混ざっていた
2023年2月19日 14:17
最終章 ありがとう、さようなら(6)3 蘭と別れたあと、僕は一人、バイクを飛ばして南へ走った。 親父が交通事故に遭った日――それは「ロック天国」初戦を勝ち抜いたことを祝うためにやってきた店の前で、僕がバンド仲間と喧嘩をした日と同じだった。 そうだ。あの日、僕らがやってきた店は「愛夢」だった。僕らが喧嘩をしていたその店の中に親父はいたのだ。 僕はそこからまっすぐ海へ――南へと走った。ひょっ
2023年2月18日 08:17
最終章 ありがとう、さようなら(6)2(承前)「そんな……」 僕は愕然とした。朋美は殺されたわけではなかった。殺されそうになったのは僕であり、朋美は僕を殺す凶器となって死んでいったのだ。 「投げ落とす瞬間、朋美はつかんでいた消火器を離し、俺の足元に転がした。そして俺にいったんだ。『ありがとう……さようなら』って微笑みながらな。 ……あいつはそのまま地面に叩きつけられた。俺が殺したんだよ
2023年2月17日 07:39
最終章 ありがとう、さようなら(5)2(承前)「だから朋美を殺したのか?」 僕は口をはさんだ。「朋美が邪魔で……」「そうじゃない! 俺は朋美に殺意を抱いたことなど一度もなかったさ!」 葉月が右足でフェンスを蹴飛ばす。フェンスはガンッと派手な音を立て、少しだけ外側に曲がった。「正直、殺意を抱けるほどの気持ちを持っていたなら、俺はもっと早く朋美を捨てていたよ。そうじゃないんだ。朋美には殺
2023年2月16日 08:59
最終章 ありがとう、さようなら(4)2(承前) 僕は高鳴る鼓動を抑えつけた。口の中はからからに乾いている。「どうして朋美を殺したのか、その理由をまだ聞いていない」 心臓は張り裂けんばかりに激しく波打っていたが、意外なほど、僕は冷静さを保ち続けていた。朋美を殺した男を目の前にしているのに、なぜか心は穏やかだ。 なぜだろう? 自問して見たが、答えはすぐには返ってこない。「俺は朋美を好きに
2023年2月15日 08:40
最終章 ありがとう、さようなら(3)2「葉月……」 蘭が喉から声を絞り出していう。僕は声を出すことすらできなかった。「いつからそこにいたの?」「おまえの彼氏が熱弁を始める前から、ドアのそばで聞いていたよ」 葉月は僕を見て、ふんと笑った。「残念だけど、あんたの推理は間違ってる」 彼はそういうと、肩をすくめ、おどけた口調で、次の言葉を続けた。「朋美を殺したのは――俺だ」 隣で、蘭が
2023年2月14日 08:20
最終章 ありがとう、さようなら(2)1(承前) 蘭は不可解な表情を浮かべた。「どういうこと? あたしにはちっともわからない。犯人は別にいるのに、朋美はなにか勘違いをしていたってこと?」「……そうじゃないんだ。親父の死は事故だよ。でも、朋美はそうは思わなかった。自分が親父を殺したのだと感じてしまったんだよ。そして、それはあながち間違ってもいないんだ」「あたし、あなたがなにをいいたいのかさっ
2023年2月13日 07:30
最終章 ありがとう、さようなら(1)1「屋上へ行かないか?」 僕は蘭の肩に触れた。「俺たち、まだ朋美にさよならさえいってないだろう?」「そうだけど……どうしたのよ、急に?」 僕は蘭の質問には答えず、ベランダを離れ、朋美の部屋を出た。 階段を昇り、屋上へ向かう。屋上のドアには「立入禁止」の札が貼られていたが、僕はそれを無視して屋外に出た。風が強く、砂埃が舞い上がっている。 刑事がいっ
2023年2月12日 09:03
第6章 私の願いを聞いてください(15)4(承前)「樋野君」 電話ボックスを出ると、目の前に蘭が立っていた。額に汗をかき、息を切らせながら苦痛の表情を浮かべている。「……蘭」「やっと追いついた。あたしもガソリンスタンドへ行って、それから葉月のアパートにも行ってみたの。……どちらにもいないとしたら、次はきっとここだろうと思って……」「駄目だ。ここにもいないよ。部屋には鍵がかかってる――」
2023年2月11日 07:57
第6章 私の願いを聞いてください(14)4(承前) 朋美のアパートに警察の姿はなかったが、建物の裏側にはロープが張り巡らされ、今もまだ事件の生々しい雰囲気を残していた。 当然のことなのだが、朋美の部屋には鍵がかかっていて、中に人の気配はないようだ。葉月を捜す糸口が完全に絶たれてしまい、僕は急に襲いかかってきた疲労感と脱力感で、へたへたとドアの前に座りこんでしまった。 自分の足元を眺め、ため
2023年2月10日 08:14
第6章 私の願いを聞いてください(13)4 葉月に会うつもりだった。蘭は朋美の飛び降りる直前、屋上あたりに葉月らしき姿を見かけたといっている。そういえば、僕もそのとき「……殺してやる」という声をかすかに耳にした。 今思えば、あれは葉月の声だったのではないだろうか? とにかく――真相を握っているのは彼だと思った。 僕は葉月が勤めているガソリンスタンドまでバイクを飛ばした。 蘭の泣き顔が浮
2023年2月9日 07:16
第6章 私の願いを聞いてください(12)3(承前)「……昨日の夜、朋美は僕と蘭のキスを、偶然目撃したんじゃないかな? それを見て、発作的に飛び降りたとは考えられない?」「ごめん――それはあり得ない。絶対にあり得ないの」 そう答えたあと、蘭はぎゅっと唇を閉じて、僕を睨みつけるように見上げた。「どうしてそう断定できるんだ?」「怒らないで聞いてくれる? 昨日、樋野君とデートして……あたし、や
2023年2月8日 08:03
第6章 私の願いを聞いてください(11)3(承前) 朋美の笑顔がよぎった。メモ用紙に描かれたクマのイラストは、朋美が好きでコレクションしていたキャラクターだった。 蘭はメモ用紙をペンダントから取り出すと、何度も朋美に謝りながら、それを広げた。 蘭の後ろから紙片を覗きこむ。「……間違いなく、朋美の字だ」 遺書と同じ丸文字が僕の目の中に飛びこんできた。 私がずっと、あなたの心の中に住