フォスター・チルドレン 89
最終章 ありがとう、さようなら(7)
3(承前)
ふと上着のポケットに手をやると、カセットテープが一本入っていた。親父の荷物の中に入っていたカセットだ。どうせこれも演歌だろうと思いながら、セットしてみた。
再生してもなかなか音楽が始まらないので、僕は応接間を離れて、居間に手紙の束を置いた。
郵便のほとんどは香典返しの商品を売りこむダイレクトメールだったが、その中には僕宛ての封筒も混ざっていた。郵便局に引っ越しの連絡を入れたため、アパートから転送されてきたものだ。
誰からの手紙だろう?
封筒の裏を見ても差出人の名前はなく、僕は首をひねりながら封を破った。
応接間から音楽が流れてきた。封筒から便箋を取り出しつつ、耳を澄ませる。聞き慣れたフレーズだった。
なんの曲だっけ? お気に入りの曲だったと思うんだけど……。
数秒考え、それが自分の作った曲であることに気づいて苦笑した。この曲には自信があったので、僕はデモテープが完成するとすぐに母さんに聞かせたのだ。
どうやら、そのときのカセットテープらしい。「ロック天国」に出場できたのも、この曲をプロデューサーに気にいってもらえたことがきっかけだった。
でもどうして、親父がこんなカセットテープを持っていたのだろう?
演歌しか聴いたことのない人だと思っていた。カーステレオで僕のテープを聴く姿なんて、想像したことは一度もなかった。
僕は自分の曲に耳を傾けながら、便箋に目をやり――そして息を飲みこんだ。
頑張れ!
一行目には大きく乱暴な文字でそう記されていた。これは……僕が事務所に顔を出した日、親父が懸命に書いていた文書だ――!
口でいうのは気恥ずかしいから手紙に託すことにする。
俺に気をつかって夢をあきらめる必要などない。
おまえの夢は俺の夢でもあるのだから。
いきなりこんな手紙を受け取って、おまえも戸惑っていることだろう。
自分の息子だと思うと、つい無難な幸せを望んでしまい、俺はおまえの夢を無視してきた。
でも、一人の女性と知り合って――その人はおまえと同い年なんだが――夢を持ち続けるってことがどれだけ大切か、俺は知ったんだ。
俺はおまえを応援する。
だから、おまえも頑張ってほしい。
今度一緒に酒でも飲もう。
そのとき、おまえの夢についてもっと詳しく知りたい。
頑張れ!
――よく息子の自慢話をしていたわよ。嬉しそうな顔で、俺の息子はすごいって。俺は音楽なんてさっぱりわからないが、息子は自分で曲を作って演奏して――一生懸命に夢を追いかけている。俺が早くに捨ててしまったものを、息子はずっと追い続けている……、あいつは俺の誇りだって。
蘭の言葉は嘘ではなかったのだ。ひょっとすると「ロック天国」へカセットテープを送りつけたのも、親父だったのかもしれない。
「立派すぎるよ……」
僕はそう呟いていた。
「親父は立派すぎるよ。これじゃあ、僕がどれだけ成長したって親父と肩を並べて話すことなんてできないじゃないか……」
エミリの歌声がとぎれ、ギターのソロ演奏が始まった。
僕は応接間に戻ると、ステレオの前にあぐらをかき、自分の演奏に耳を傾けた。それは心の落ち着く不思議な音色だった。
今の僕にできること――。
それはもう一度オーディションに出場して、精一杯闘うことだった。
なんとしてでもプロのミュージシャンになってやる。
ずっと誤解し続けてきた親父のためにも、僕は自分の夢をあきらめてはいけない。
決して――あきらめたりはしない。
最終章「ありがとう、さようなら」終わり
エピローグにつづく