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フォスター・チルドレン 82

最終章 ありがとう、さようなら(1)

「屋上へ行かないか?」
 僕は蘭の肩に触れた。
「俺たち、まだ朋美にさよならさえいってないだろう?」
「そうだけど……どうしたのよ、急に?」
 僕は蘭の質問には答えず、ベランダを離れ、朋美の部屋を出た。
 階段を昇り、屋上へ向かう。屋上のドアには「立入禁止」の札が貼られていたが、僕はそれを無視して屋外に出た。風が強く、砂埃が舞い上がっている。
 刑事がいっていたとおり、屋上にはなにもなかった。コンクリートがむき出しとなった殺風景な場所だ。フェンスのそばに白のチョークでX印が記されていたので、僕は吸い寄せられるようにそちらへ歩み寄った。
「そこが……朋美の飛び降りた場所なのかしら?」
 後ろから僕を追いかけてきた蘭が小声でいう。
「多分ね」
 僕は振り向きもせずにそう答えると、X印の上に立ち、そこからフェンスの向こう側を覗きこんだ。
「あ、ひまわり――」
 蘭が僕の横から下を覗きこみ、声を漏らす。背の高いひまわりが、僕らのいる場所のちょうど真下に咲いていた。僕らが昨日、キスをした現場はX印のちょうど真下だった。
「わかったよ……全部、わかった……」
 僕はフェンスの前から離れると、空を仰ぎ、独り言のようにいった。
「葉月は関係ないよ……朋美は自殺したんだ」
「樋野君? なにをいってるの?」
 蘭は怪訝そうな表情を浮かべながら、僕の肩に触れる。
「どうして朋美が自殺しなくちゃならないの?」
「自殺の理由は遺書に書かれていただろう。あのとおりのことだったんだ」
「遺書って……まさか。じゃあ、朋美があなたのお父さんを殺したって――あなたはそう思っているわけ?」
 蘭はヒステリック気味に首を横に振った。
「そんなわけないじゃない。動機はなに? あなたのお父さんが余計な世話を妬いていたからそれを憎んで? まさか。確かに朋美はあなたのお父さんを憎んでいたかもしれないけど、でも殺すなんてそんな……」
「違う、そうじゃない。遺書に書かれていただろう。朋美は親父を憎んじゃいなかった。むしろ親父の愛情に感謝していたように受け取れたじゃないか」
「だったらなおさら、殺すはずがないじゃない。それに……そうよ。朋美には完璧なアリバイがあった。あなたのお父さんがこのアパートから飛び降りた時刻、朋美はあそこ――」
 蘭はフェンスの向こうを指さした。
「あの店――ホワイト・キャッスルの前だったのよ。目と鼻の先ではあるけれど、あそこからこのアパートの三階にいた人を突き落とすなんて不可能でしょう? トリックを使ったんだとか、そんな話はやめてよね。これは現実の事件。推理小説じゃないんだから」
「だから違うっていっているだろう。トリックなんて存在しない。俺の話をよく聞いてくれ。俺は、朋美の遺書に書かれているとおりだったといっているんだ。朋美が親父を殺したんだとはひとこともいっていない」
「え? じゃあ違うの? 朋美じゃないの? でも遺書の中には私が樋野さんを殺しましたって……」
「そう。遺書にはそう書かれていた。朋美は自分が親父を殺したんだと思いこんでいたんだよ

つづく

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