フォスター・チルドレン 81
第6章 私の願いを聞いてください(15)
4(承前)
「樋野君」
電話ボックスを出ると、目の前に蘭が立っていた。額に汗をかき、息を切らせながら苦痛の表情を浮かべている。
「……蘭」
「やっと追いついた。あたしもガソリンスタンドへ行って、それから葉月のアパートにも行ってみたの。……どちらにもいないとしたら、次はきっとここだろうと思って……」
「駄目だ。ここにもいないよ。部屋には鍵がかかってる――」
「開けてみる」
蘭は勢いよく階段を駆け上がると、懸命に呼吸を整えようとしながら、ドアに近づいた。
「そうか。君も合い鍵を持っていたんだ……」
「部屋の中に、なにか手がかりが残されているかもしれないわ」
蘭はドアを開けると、滑りこむように中へ入りこんだ。僕もそのあとに続く。
部屋の中はがらんとしていた。屋上から持ちこまれたという粗大ゴミも綺麗になくなっている。警察があれこれ調べ回って、もっと荒れているかとも思ったが、すべて綺麗に片づけられていた。事件は自殺として処理されたため、大がかりな捜査はされなかったのだろう。
この前訪れたときは玄関先で追い返されてしまったので、朋美の部屋に上がるのはこれが初めてだった。
先週の水曜日、親父もこの部屋に上がったのだ。ここで親父と朋美はどんな会話を交わしたのだろう?
蘭は窓を開け、ベランダに降りた。
「おい、誰かに見つかったらやばくないか?」
いいながらも、蘭のあとに続いてベランダに立つ。
「どうして? あたしたち、朋美の友達なのよ」
蘭は手摺りに寄りかかり、空を眺めていた。ここから親父が転落して死んだと思うと、あまり気持ちのいいものではない。
「……もう出よう。葉月はここにはいなかった。俺たちには探しようがないよ」
僕は何気なく外の風景に目をやった。周りに高い建物はなにもないので、景色はよい。道路もよく見渡すことができ、買い物帰りの親子らしき姿も見えた。遠くてよくわからないが、五歳ぐらいの男の子が、母親に手を引かれて歩いているところだった。
通りに面した場所に、奇妙な建物が建っている。城のような形をしていた。
「なんだろう。あの派手な建物?」
「あ、知らないの。結構、有名なお店なのよ。『ホワイトキャッスル』っていう名前のレストランバー……」
ホワイトキャッスル――確か親父がここから転落したその時刻、朋美が飛びこんだお店だった。僕も親父が死ぬ直前、あの店の前を通っていたのだ。
「ホワイトキャッスル」からこのアパートまでの道のりは、ベランダからすべて見渡すことができた。
「あ……」
僕の頭の中でなにかが弾けた。
僕はこのとき、すべてを理解した。
なぜ親父が自動車事故に遭ったのか――なぜ親父がここから転落したのか。
そして――なぜ朋美は死ななければならなかったのか。
第6章「私の願いを聞いてください」終わり
最終章「ありがとう、さようなら」につづく