フォスター・チルドレン 83
最終章 ありがとう、さようなら(2)
1(承前)
蘭は不可解な表情を浮かべた。
「どういうこと? あたしにはちっともわからない。犯人は別にいるのに、朋美はなにか勘違いをしていたってこと?」
「……そうじゃないんだ。親父の死は事故だよ。でも、朋美はそうは思わなかった。自分が親父を殺したのだと感じてしまったんだよ。そして、それはあながち間違ってもいないんだ」
「あたし、あなたがなにをいいたいのかさっぱりわからない。もっとはっきりと話してくれない?」
「つまり――」
僕はもう一度、フェンスに近づいた。
「先週の水曜日の夜、朋美の部屋で一体、どんな会話が交わされたのか――それはもうわからない。親父も朋美も死んでしまった以上、永久に不明なままだろう。
朋美の部屋で朋美と親父は口論になった。おそらく葉月が持っているという大麻のことで揉めたんだと思う。あの男と手を切れとか……そんな話をしたんじゃないのかな。かっとなった朋美は親父にいったんだと思う。
――『あたしの夢を邪魔しないで!』」
夢を邪魔しないで。
そうだ。僕は知っている。この言葉にどれだけ親父が過敏に反応するかということを。
この台詞は昔、僕が親父に向かって吐いた言葉だった。
僕の記憶がオーバーラップする。
十三年前。
親父に叱られた僕は、そのまま夜の街へ飛び出した。死のうと思った。死ぬことで、親父の愛情を取り戻したかった。
夢を邪魔しないで。
この言葉が、親父の記憶を刺激しないはずがなかったのだ。
「『あたしの夢を邪魔しないで!』――朋美はそんな捨て台詞を残して部屋を飛び出していった。親父は慌てて朋美のあとを追いかけようとした……」
そう――絶対に朋美に追いつかなければならないと考えたのだろう。
昔、同じ台詞を吐いて家を飛び出した僕に――もし親父が追いつかなければ、僕は死んでいたかもしれないのだから。
「けれども親父の指は……事故の後遺症でまったく動かなくなっていた。親父は部屋のドアを開けることができなかったんだ……。
親父は窓の外に目をやった。走っていく朋美の姿が見えた。朋美は城の形をした建物の中へ入っていこうとした――」
城。
昔、僕が手首を切った場所はK**城だった。それも親父を慌てさせた要因のひとつだったのだろう。
「親父はなんとかして朋美に追いつこうとした。三階――中途半端な高さだ。うまくいけば、飛び降りることができる高さかもしれない。親父はそう考えて、賭けに出た。そう――親父は自ら手摺りを乗り越えたんだ。部屋から脱出するため。朋美に追いつくために――」
「そんな……」
朋美は僕の自殺未遂の話を知っていた。高校時代、僕が話したからだ。親父の指が不自由だったことを知り、彼女は真実に気がついたのだろう。
だから――だから朋美は自分の罪に悩み、自らも死を選んだのだ。
「でも……でも朋美が自分の罪を悔やんで自殺したのだとしたら、どうしてあたしたちをアパートの下に呼び寄せなくちゃいけなかったの?」
「それは今朝話したとおりだと思う。君を呼んだのはペンダントを処理してほしかったから。俺を呼んだのは……ただ俺に謝りたかったから。そうじゃないかな?」
「そんなの……そんなの納得できないよ」
「そう――納得できねえな」
突然、低いだみ声が聞こえた。僕と蘭は驚いて、声のした方向を振り返った。
壊れたドアをくぐり抜けて、ゆっくりとこちらへ向かってくる人影。
それは葉月大だった。
つづく