フォスター・チルドレン 78
第6章 私の願いを聞いてください(12)
3(承前)
「……昨日の夜、朋美は僕と蘭のキスを、偶然目撃したんじゃないかな? それを見て、発作的に飛び降りたとは考えられない?」
「ごめん――それはあり得ない。絶対にあり得ないの」
そう答えたあと、蘭はぎゅっと唇を閉じて、僕を睨みつけるように見上げた。
「どうしてそう断定できるんだ?」
「怒らないで聞いてくれる? 昨日、樋野君とデートして……あたし、やっぱり今でもあなたを好きでいるってことに気がついた。これは本当よ。信じて」
僕は笑った。
「疑っちゃいないよ。なにをいまさら――」
「昨日の夜のキスはね……実は朋美に頼まれたの」
え?
顔の筋肉が固まるのがわかった。彼女の発した言葉の意味が理解できない。
「店の前で樋野君が待ち伏せていることには気づいていた。それを見て、朋美、あたしにいったのよ。あたしの――朋美のアパートのベランダの真下で、午後九時ちょうどに樋野君とキスをしてほしいって。
突拍子もないお願いだから、あたし、理由を訊いた。でも朋美はただ頭を下げて、一生のお願いだって。あまりにも必死だったから……だからあたし……OKしたの」
「どういうことかわからないよ」
僕の声は震えていた。
「昨日のデートは……キスは……すべて芝居だったのか?」
「違う、そうじゃない。確かにキスは……朋美に頼まれたからした。だけどいやだったら、そんなキスをするわけないじゃない」
「僕の心をもてあそんだんだな?」
全身の血が逆流する。頭がくらくらして、自分が立っているのか座っているのかすら判断できなかった。
「やっぱり君は商売女なんだよ。頼まれれば、誰とだってキスをするんだ。僕にとって昨日のキスは、一生の思い出になるくらいの大切なものだった。でも君は……商売女の君にとっては、キスなんて……」
「違う! 違うったら!」
「一体、なんだよ、これは!」
僕は混乱していた。机を叩いて立ち上がり、頭を掻きむしる。
「朋美はどうして、僕と蘭のキスを見たがったりしたんだ? 他人の行為を見ると、興奮する性癖だったのか? だったらどうして死ななきゃならない?」
「朋美はあたしと樋野君に、自分の死体の第一発見者になってほしかったんじゃないかしら? だから、二人をアパートの裏に呼び寄せて……」
「どうしてさ? どうして僕らが第一発見者にならなきゃいけない? 秘密のペンダントを誰にも見られたくなかったから? それなら死ぬ前に君の家宛てに郵送でもすればいいじゃないか。親父を殺した罪滅ぼしに、僕の目の前で死んでみせた? 馬鹿馬鹿しい。そんなこと、信じられないよ」
僕は玄関に向かった。
「どこへ行くの?」
蘭の言葉を無視して部屋を飛び出すと、バイクを走らせた。
つづく