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掌戯曲

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30分以内の短い戯曲を集めました。ちょっとずつ増やしていきます。
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2020年10月の記事一覧

町の話

photo: beni taeko 町の話遠く離れた二つの町がありました。 うっかりすれば遠くにあることさえ忘れてしまうほど、 二つの町は遠いのでした。 あんまりに遠いものですから、道は途中で足りなくなって途絶えていました。 互いの町を行き来する手段は何もありませんでした。 いつの頃からだったでしょうか。 互いの町がちゃんと遠くにあることを忘れないでいるために、 二つの町は夜になると小さく灯かりを点すようになりました。 夜になるとどちらの町も新しい灯かりを点し、遠くの灯かり

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ゆうびんの話

白山羊さんはある日。手紙を食べずに封を開いた。 そんなことは初めてだった。 どうしてそんなことをしようと思ったのか、 ぜんぜんわからなかった。 はじめて開いた手紙は干し草の香りがした。 「さっきの手紙のごようじなあに。」 几帳面な小さな文字がならんでいた。 あの日。 白山羊さんは黒山羊さんに手紙を書きたかった。 どうしてもどうしても手紙を書きたかった。 だけど何を書けばいいのかわからなくて、 考えている内に、なぜだか「さようなら」の手紙を書いてしまった。 どうしてなのかわ

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登場するもの: 男  女    夏の終わり。    誰もいない海・・・のはずが、波打ち際に女がひとり座っている。      片手には、靴。片方だけの靴・・・。     女 (振り向いて)誰? 男 いや・・・ 女 知らないの?今年はもう泳げないのよ。だって・・ 男 知ってる。 女 何してるの? 男 泳ぎに来たわけじゃない。 女 そうみたいね。 男 君は・・・・ 女 私も。 男 え? 女 泳ぎに来たわけじゃない。       波の音   女 何見てるの? 男 いや・・・ 女 こ

おしまいの星

登場するもの: 男  女   永い眠りから覚めた星。 ブルドーザーが、土の中から、埋まった町を掘り起こしている。 大勢の作業員や調査員があちこちで仕事をしている。 携帯電話の音。ブルドーザーの音。クレーンの音。機械音。   男 そっちどう?はかどってる? 女 うん・・・・・ 男 空気は薄くない。風も吹いている・・。 女 ・・・・ 男 地面もすっかり溶けてるよ。地面も空気も適温だ。  女 ・・・・・ 男 水もたっぷりある。 女 ・・・・ 男 すっかり生き返ったね。 女 ・・・・

スイッチ

登場するもの: 男   女 静寂。やがて・・・ かちっ。       女 遠くで音がした。スイッチが切れた。   女 世界は反転し、あっという間に、動揺してざわめく人々でいっぱいになった。      男 おい、大丈夫か? 女 うん。 男 ・・・・困ったな。 女 うん。 男 どうなってんだよ? 女 わかんない。 男 なんなんだ? 女 わかんない。 男 まいったな。 女 どうなるの?これから 男 俺に聞くなよ。 女 だって。 男 あーあ。(あたりを見回して)。 女 ねえ。どうす

機械

登場するもの: 機械(新)  ひろみさん    機械が働いている。 ので、機械音が響いている。規則的に。リズミカルに。   機械(新) 今日から仕事が始まった。新しい職場。       新入りではあるけれど、誰も僕にはかなわない。       これまで、誰にもできなかったことが僕にはできる。       いろんなことが新しくなる。       これまでできなかったことができるようになる。       これからは・・・・   ひろみ  ねえ。 機械(新) (無心に働いている)

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登場するもの: 僕 彼女 僕 彼女は手品師だった。 いつも黒いチョッキを着て、大きな帽子を頭にちょこんとのせていた。 毎週日曜日の公園で、ステッキを花に変えたり帽子から鳩を出したりして拍手を浴びていた。彼女は人気者だった。 けれどもその日、僕が彼女を見かけたのはいつもの公園ではなく、 町はずれの川原だった。      彼女 あなた、いつも公園に来てる? 僕  ・・うん。 彼女 知ってるわ。いつもいちばん前で見てるでしょ。 僕  ・・・・ 彼女 手品が好きなの? 僕  ・・・

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帽子

登場するもの: 私  彼 私 私は手品師だった。 日曜日になると公園へ行き、みんなの目の前で帽子を開けて鳩を出して見せた。 誰もが鳩を見て、大きな拍手をした。 私はにっこり笑ってお辞儀をした。 とても誇らしかった。 そして、なぜだかいつも、取り残されたように、無性に寂しかった。    彼はいつもいちばん前で、目をまるくしてそれを見ていた。 いつも。毎週。何回も。 何度おなじことが繰り返されても、 いつも心底不思議そうに、わくわくした目で見つめていた。 私にはそれがとても不思

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Tree

 登場するもの:声  男    マッチ売り 声 森の中に。2本の大きな木がありました。 2本の木はお互い、隣に立っているもう一本の木のことがとても気になっていたのですが、根元からしっかり地面に固定されていましたから、 一歩でも近づくことはできませんでした。 枝が触れあうにも少し距離がありすぎるのでした。 ですから2本の木は並んで立って。一緒に太陽の光を受けていました。 同じ風に吹かれ、同じ雨に打たれ、同じように葉を茂らせていました。 何百年もの間。2本の木はそうして一緒に立