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Tree

 登場するもの:声  男    マッチ売り

声 森の中に。2本の大きな木がありました。
2本の木はお互い、隣に立っているもう一本の木のことがとても気になっていたのですが、根元からしっかり地面に固定されていましたから、
一歩でも近づくことはできませんでした。
枝が触れあうにも少し距離がありすぎるのでした。
ですから2本の木は並んで立って。一緒に太陽の光を受けていました。
同じ風に吹かれ、同じ雨に打たれ、同じように葉を茂らせていました。
何百年もの間。2本の木はそうして一緒に立っていました。
あるとき。木は切り倒されて運ばれていくことになりました。
森が開発されることになったのです。
1本目の木が切り倒されました。
2本目の木も切り倒されました。
 
ばらばらに放り出された木が見た森は、それまでと全然違う森でした。
もう1本の木の姿も、それまでとは全く違って見えました。
最初に切り倒された木は、次に切り倒された木に言いました。
「一緒に日の光を浴びることも、一緒に葉を落とすことも、一緒に実をつけることも、できなくなってしまった。できないし、どうしてだか、今はもう、そうしたいとも思わない。」
…2本目の木も、同じことを考えていました。
「また、どこかで会うことがあるだろうか。」木は続けて言いました。
「もう一緒にはいられないけど、もしもまた。いつか。どこかでもういちど会うことができたら…。そのときは、そう…。」
こういうときに言う言葉があったような気がしました。
これまで、使うことができなかったので忘れていたのですが…。
そう、…木は続けて言いました。
「一緒になろう………。」
 
言ってはみたものの。どういうことなのか、よくわかりませんでした。
言われた方の木にも全然わかりませんでした、
でも、なんだか満足して。なんだかとても満足して。2本の木は頷き合いました。 
  

まもなく。
切り倒された2本の木は、それぞれ別のところへと運ばれていきました。
森はきれいに整備され、あとには遊園地が出来ました。
森の奥で交わされた小さな約束のことを、知っている人は誰もいませんでした。
  
               **
12月24日。夕暮れの近づく遊園地。にぎやかに人が行き交う中、
男が一人。ベンチに座って観覧車を見上げている。
 
男 来ないよな。やっぱり。
 
男、たばこに火を付けようと、ライターを擦る。
しゅっ。しゅっ。
ガスが切れてるのか、炎が上がらない。
男 ちぇっ。
 
(男)「いつかもし。またどこかで会うことがあったら…。」
   あいつは最後にそう言った。
   会うことがあったら…?
   何を言いたかったのか。
   結局分からないまま、夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬がやってきた。
   はじめて会ったのは冬だった。
   観覧車に乗った。
   次の年も。その次の年も。その次も、次も、次も…。、
   観覧車の窓から見る山は、毎年少しずつ崩されて。大きな町になっていった。
   観覧車の窓から見る海は毎年少しずつ埋め立てられて、陸の形を変えていった。
   考えてみたら。なんで毎年毎年毎年。
   おんなじところでおんなじことしてたんだろ。…そんなふうに、初めて思った。
                                 
男  「…変わっていったのは、海と山だけではありませんでした……。」
   わかってる。のに俺、何しに来たんだろ。      
 
遊園地の雑踏。
男はぼんやりと眺めている。
メイン会場は向こうにあるらしく、
親子連れやカップルが足早に通り過ぎていく。
やがて。
コスチュームをつけたマッチ売りがひとり、バスケットを下げて近づいて来た。
 
マッチ売り マッチはいりませんか?
男 …え?
マッチ売り …マッチ、いりませんか?
男 マッチ?
マッチ売り はい。
男 …………どうして?
マッチ売り マッチ売りなんです。
男 マッチ売り?
マッチ売り (小声で)本物じゃないんだけど。 クリスマスのイベントなんです。
男 …サンタは?
マッチ売り  サンタの方がいいですか?
男 いや…
マッチ売り 家族連れやお二人連れのお客様にはサンタが向こうでプレゼントを配っています。マッチ売りは…それ以外のお客様のために、こうやってマッチを配るんです。
男  …はあ。  
マッチ売り この遊園地のオリジナル。
 
男、しばらく考えている
 
男  俺はマッチか……。
マッチ売り …そんな嫌な顔しないで下さい。
男 いや…。
マッチ売り  サンタはどこでも会えるでしょ。
男 …。
マッチ売り お客さん…。去年も、来てませんでした? なんだか…。  
男 来てたよ。去年もおととしも、その前も、その前も…。
マッチ売り そんなに、来てたんですか。
男 どうせ、俺は芸がないよ。
マッチ売り え?
男 おなじことしかできないよ。
マッチ売り いえ…。
男 そういうのがよかったんだよ。
マッチ売り …。
男 でも、同じじゃなかった。
マッチ売り …。
男 ……同じじゃない。今年は君に会ったから。
マッチ売り …そんな風に(言わなくても…)…。
男 アルバイト?
マッチ売り …はい。
男 長いの?
マッチ売り 3年目です。
男 ふうん。全然知らなかった。
マッチ売り …。
男 サンタには毎年会ったけど。   
マッチ売り …すみません。             
男 なんで、こんな日に仕事してんの?
マッチ売り …。(しばらく黙っている)
男 いや…………ごめん。
 
妙な間。
男 いくら?
マッチ売り え?
男 マッチ。
マッチ売り …ああ…。いえ。今日はただで配ってるんです。
男 え、でもマッチ売り…
マッチ売り 一応、そうなんですけど。
男 ふうん。じゃ、ひと箱。
マッチ売り はい。(マッチを手渡す)
 
シュッ。男、マッチを擦る。軸の先に炎…。 
   
マッチ売り いいマッチでしょ。(軸の先の炎を見ている)
男 これだけ?
マッチ売り え?
男 なんか出ないの?
マッチ売り なんか?…鳩とか?
男 七面鳥とか、ツリーとか。
マッチ売り 七面鳥とかツリー…。……今ほしいのは、七面鳥とかツリーとかですか?
男 ……。
マッチ売り あ…。
男 じゃあ、どうすんの?マッチ擦って、それで…。
マッチ売り だから。暖まったり、火を眺めたり、いらないものを燃やしたり。
男 …。
 
遊園地の雑踏。親子連れが通り過ぎる。
男、何気なくそちらに目を遣る…
 
マッチ売り  誰か、待ってるんですか?
男  …待ってると思ったらマッチ売りに来ないでしょ。
マッチ売り …。
男 暖まったり、眺めたり、燃やしたり…。
マッチ売り …。
 
男、考えているが、ポケットから手紙を取り出す。
しばらく見ている…。
 
男 火つけてくれない?これに…。
マッチ売り なんですか?それ…
男 …
マッチ売り ずいぶん。くしゃくしゃになってますね。
男 …
マッチ売り 薄くて綺麗な紙なのに…。
男 …
マッチ売り 何か、書いてある。
男 …
マッチ売り …手紙…?それは…
男  火、つけてくれないかな、これに。
 
マッチ売り、しばらく見ているが…
 
マッチ売り もらった手紙…………。出せなかった手紙…………。   
男 え?                    
マッチ売り 燃やされるのはどっちかな…。       
男 (何か言いかける)
マッチ売り  (…が、遮られる)ずいぶん、古い紙。でも綺麗な紙。
男 …………プロポーズ、しようと思ってた。(ふてくされてる?)
マッチ売り え?
男 今年。今日…。ここで会ったら…。
マッチ売り ふうん。
男 だけど……………………
マッチ売り …だけど、「今年はもう会えなかった。」
男 だけど…
マッチ売り だけど、「来てみたら会えるかも知れないと思った。」
男 …………女々しい?
マッチ売り うーん。
男 未練がましい?
マッチ売り うーん。
男 でも、会えなかった。
マッチ売り …。
男 あたりまえか。
 
マッチ売り、マッチを擦る。手紙に火をつける…
 
男 え!…あっあー…。(あわてている)
マッチ売り 火。つけちゃってよかったんですよね。(落ち着いている)
男 …ああ…う…うん…(観念して見守っている)
マッチ売り 薄いから。燃えやすいですね。
男 …。
 
マッチ売り、手紙を地面に落とす。
炎がゆっくりと縁を焦がしていく。
 
マッチ売り くしゃくしゃだから、さらに燃えやすいです。
男 …。
マッチ売り ……綺麗ですね。
男 ……うん。
マッチ売り 風つよいのに。
男 …。
マッチ売り 火…消えませんね。
男 …
マッチ売り さすが、いいマッチですね。
男 火が消えないのはマッチのせい?
 
マッチ売り、燃えている紙を見ている。
 
マッチ売り …………紙のせいかな?
男 …
マッチ売り  薄くてくしゃくしゃの紙だから。
 
ふたり、しばらく燃えるのを見ている。
小さな炎。白い煙が静かに空へ上がっていく。
ふたりは炎と煙を見つめたまま。
 
マッチ売り けっこうあったかいですね。
男 …あ…うん。
マッチ売り マッチ1本でも火ですからね。侮れませんよ。
男  …
マッチ売り そんなにじいっと見てなくても…。
男 …
マッチ売り ……プロポーズ、ほんとにしようと思ってました?
男 え?(動揺している)
マッチ売り いえ…。
男 思ってた。(きっぱりと)
マッチ売り ……………じゃあ、なんで去年じゃなかったの?
男 え?
マッチ売り  じゃあなんでおととしじゃなかったの?
 

 
男 それは…。
マッチ売り ごめんなさい。越権行為です。私はマッチ売りでした。
男 いや…。
マッチ売り しかもアルバイトです。
 

マッチ売り  まだ3年目。
男  …。
マッチ売り  燃やすものは、これだけですか?
男  …
マッチ売り マッチ、役に立って嬉しいです。
 
遊園地の雑踏は少しずつ静かになる。
 
マッチ売り ずいぶん煙出てますね…、
男 ああ。
マッチ売り しばらくこのまま置いときましょうか。
男 …うん。
マッチ売り 乗らないんですか?観覧車。
男 え?。
マッチ売り さっきからずっと見てるから…。
男 …
マッチ売り ここで待ってても、もう誰も来ませんよ。きっと…。
男  ……うん…。
マッチ売り ここで待ってても…。
 
男、煙が上がっていくのをぼんやりと見ている。
薄暗くなってきた。                   
向こうの方では灯りがともり、にぎやかな音楽も聞こえている。
このあたりはもう、通りかかるひともいない…。      
遊園地の雑踏は少しずつ遠ざかり………遠くから、物語が聞こえてくる。
 
声 最初に倒された1本目の木は、やがてマッチ棒になりました。
あとで倒された2本目の木は、上質のパルプになりました。
森の奥、並んで太陽の光を浴びていた2本の木は、お互いの姿を見ることもない、別々の世界で暮らすことになりました。
森の中でのことは、遠い昔のできごとでした。
気の遠くなるような長い時間が、それから過ぎていったのです。
ある年のクリスマスの日。
マッチ棒になった1本目の木とパルプになった2本目の木は、
小さな炎の向こうに、再び相手の姿を見つけました。
次の瞬間。
小さな炎からは、香ばしい白い煙が上がりました。
白い煙は、冷たい空気の中を、ゆっくりと空高くのぼっていきました。
どこへ届くこともなく。ただ、どこまでものぼっていきました。
何をどこへ運んでいこうとしているのかわかりませんでした。
誰かがじっとこちらを見つめているのにも、全く気付きませんでした。
そんなことを考える間もなく。
マッチ棒とパルプは端からどんどん白い煙になって。
静かに空高くのぼっていったのです。   

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久野那美
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