鳩
登場するもの: 僕 彼女
僕 彼女は手品師だった。
いつも黒いチョッキを着て、大きな帽子を頭にちょこんとのせていた。
毎週日曜日の公園で、ステッキを花に変えたり帽子から鳩を出したりして拍手を浴びていた。彼女は人気者だった。
けれどもその日、僕が彼女を見かけたのはいつもの公園ではなく、
町はずれの川原だった。
彼女 あなた、いつも公園に来てる?
僕 ・・うん。
彼女 知ってるわ。いつもいちばん前で見てるでしょ。
僕 ・・・・
彼女 手品が好きなの?
僕 ・・・うん。特に帽子から鳩を出すやつが。
彼女 そう。・・・あれはね、いちばん難しいの。(得意げに)
僕 ・・・そうだろうね。
彼女 どうしてわかるの?
僕 だって、全然仕掛けがわからないから。
彼女 仕掛けなんかないわよ。
僕 ?
彼女 仕掛けのない手品がいちばんむずかしいのよ。
僕 仕掛けのない手品なんておかしいよ。
彼女 ふふん。(馬鹿にしたように笑う)
僕 なんだよ。
彼女 いいえ。
僕 なんだよ・・・
彼女 ずいぶん練習したの。それでもなかなかできなかったの。
僕 ・・・・ふうん。(狐につままれたような)
彼女 何度も何度も練習したのよ。それでもなかなかできるようにならなかったの。
それがどういうことだかわかる?
僕 ・・・・わからない。
彼女 帽子を開けるたびに、そこにいるはずの鳩がそこにいないっていうことなのよ。
僕 鳩はどこへ行ってしまうの?
彼女 わからない。
僕 その鳩は・・もう帰ってこないの?
彼女 ・・帰ってこなかった。一羽も帰ってこなかった。
僕 僕は帰ってこなかったたくさんの鳩のことを考えてみようとしたけれど、やっぱりよくわからなかった。
僕 でも、僕は見たよ。君はいつも大きな白い鳩を帽子からさっと取りだして、人差し指の上に乗せて・・・。鳩は白い羽を広げて・・・・
彼女 できるようになったの。
僕 ・・・・
彼女 だからもう失敗したりしないの。あなたがいつも公園で見ていたようにいつでもちゃんと鳩を出すことができる。
僕 ・・・
彼女 できるようになったの。
僕 ・・。
彼女 でも・・その前に、あたしはとってもたくさんの鳩をなくしてしまった。
僕 ・・・・
彼女 どこへ行っちゃったのかしら・・。
僕 できるようになったのならそんなことはどうでもいいじゃないか、と僕は思ったけれど、なぜだか口に出すことはできなかった。
僕 ねえ、鳩を出してよ。
彼女 いや。(きっぱりと)
僕 ・・・・・・・・どうして?
彼女 鳩はもう、出さないの。
僕 え?なんで?
彼女 違うことをしたいのよ。とっても。
僕 ・・・・・違うことってなに?
彼女 たとえば・・・・・、帽子から鳩を出したりしないようなことよ。
僕 ・・・・・・
僕は混乱していた。
僕 どうして?嫌になったの?
彼女 あなたは男の子だからわからないと思うけど。女の子にはいろいろと事情があるのよ。
僕 ????
彼女 いつまでも、帽子から鳩を出してる訳にはいかないの。
僕 ・・・・。
僕 突然、強い風が吹いてきた。
彼女はあわてて頭をおさえたけれど、間に合わなかった。
ぶかぶかの帽子はあっという間に吹き飛ばされて、川の面を滑っていった。 帽子が川下へ運ばれていくのを、彼女も僕も、黙って見ていた。
大きな夕日が川の面でゆらゆらと揺れていた。
こっちのほうはいつまでも流されることなく同じ場所にとどまっていた。
それから僕らは友達になった。
彼女はもう二度と、公園で手品をすることはなかった。
そんなことがあったことすら、忘れてしまったかのようだった。
その代わりに。たしかにもっと別のいろんなことをやりはじめた。
できるようになるのに長い時間かかることもあったけれど、
それでも時期が来るとすっかり止めて、やがてまた別のことをやりはじめた。
いつしかそこには僕も加わるようになった。
僕らは一緒に、いろんなことを、はじめたり、やめたりするようになった。
気がつくと。お互いがいつも、誰よりも近くにいた。
・・・僕はそう思っていた。
教会の鐘の音
僕 もう何十年も前のあの夕日のことを、僕は思いだしていた。
どこまでがほんとうに僕が見た風景だったのか。
遠い昔に、僕が空想の中で勝手に作ってしまった偽物の風景なのかもしれない。
その証拠に。あれから僕らは二度と鳩の話をしなかった。
だけど僕は確かにいつかどこかで彼女と出会い、それから先の長い時間を一緒に過ごした。
小さな教会で、今日、彼女の葬式が行われていた。
参列者は少なく、こじんまりとした身内だけの式だった。
大きな、重そうな棺(ひつぎ)のふたがゆっくりと開けられた。
次の瞬間、中からたくさんの白い鳩がいっせいに飛び立ち、
無数の白い羽が空へ舞った。
あとからあとからとぎれることなく出てくる鳩の群を前に、
長い間立ちつくしていた。
彼女 「できるようになったのよ。でも・・」
僕 遠い、記憶の中の声に。僕はふと我に返った。
この作品を音声ドラマで聞いていただけます(期限:6か月)
脚本・演出:久野那美
出演:大西智子 三田村啓示
音楽:山崎康弘(ゆっくりとじていく。)
録音・編集:合田加代(結音)
KIKIMIMIシアター第2話ー1『鳩』はこちらから
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