見出し画像

【連載小説】君と創る世界|25

【第八章】あなたと色づく世界(6)

 お弁当を食べ終わり、片付けをしながらハチと話すうちに、ふと考えてしまう。ハチと付き合うことにはなったけど、ハチが明日、東京に戻ってしまう事実は変わらない。だったら……私も、東京について行っちゃおうかな。
 でも、それってどうなんだろう? 付き合って早々に、東京までついてくる彼女なんて、ハチにしたら重いかな。
 遠距離恋愛なんてもどかしい……ハチがどこにいても、私はいつでも会いに行けるのに。それを体裁のためだけに我慢するなんて無理だよ……
 そんな思いが、ぐるぐると頭を駆け巡る。
「――ハチは明日、東京に帰っちゃうんだよね」
 思わず呟いた私の声は、自分でもわかるくらいに小さくて、切ない響きを帯びていた。
 続けて、「私も東京に行きたい」と言おうかどうしようか迷っていたら、ハチがふいに言葉を口にした。
「またすぐに会えるよ」
「え?」
 思いもよらぬ返事に、私は思わず顔を上げた。
「だから、ほんの少しだけ待ってて」
 ハチの瞳は、まっすぐに私を見つめている。その目は、何かを決意したような強さを宿していて……それが嘘じゃないことを感じさせてくれた。
「ここで待ってればいいの? ほんとに?」
「ほんと」
 ハチの言葉は短くて、でも、とても力強かった。
 どういうことだろう。すぐにその意味を聞きたい気持ちがあったけれど、それよりも、胸の奥に広がる喜びがそれを打ち消した。
 離れたくないって思っているのは、私だけじゃない――それが何よりも嬉しかった。
「約束……ね?」
 小さく呟く私の声に、ハチは頷いて微笑んだ。
 吸い込まれるようなハチの瞳を見つめていると、ハチの顔がゆっくりと近づいてくるのがわかった。
 私は目を閉じた。
 ハチの温かい唇が、私の唇に触れた瞬間、時間が止まってしまったように感じた。
 ハチの体温が伝わる。
 息遣いが聞こえる。
 頬を撫でる風と、夏草の匂い。川のせせらぎ。すべてが混じり合って、一つの世界を作り出している。
 ここが現実の世界じゃないってことが信じられないくらいに、私の五感を優しく刺激した。
 すべてが優しくて、温かかった――。

 帰りにラーメン屋さんに寄って、窪くんに私たちの報告をした。
「そうか! つきあうことになったのか! おめでとう! いやぁ、俺が言った通りだっただろ? 背中を押した甲斐があったぜ!」
 窪くんはまるで、自分のことのように喜んでくれた。
 お店を出たあと、今日は家の前までハチに送ってもらった。
 街頭の灯りに照らされる帰り道。
 今日が終わってしまうことが、こんなに名残惜しいと感じた日は今までなかった。
 ハチと離れたくないなぁ、なんて思っていたら、想いが通じたのか、ハチがそっと優しく抱きしめてくれた。
「また連絡する」
 耳元で囁かれるその声に、胸がぎゅっと締め付けられる。
 私は「うん」と小さく頷いた。
 帰り際、ハチは何度も振り向いて、手を振ってくれた。
 そのたびに、私は笑顔で手を振り返す。
 ああ、なんか恋人同士みたいだなぁ。――って、違う、私たちはもう恋人なんだ。
 昨日に続き、幸福感に満たされながらログアウトする。
 でも、自分の部屋に戻ってくると、一気に現実に引き戻される。
 夢みたいなものだな、と思う。だってあそこは、ハチだけの世界だから。
 私の世界はこっち。ここ現実には、私を好きだと言ってくれるハチはいない。
 この先、ハチとどうなっていくのかわからないけど、この体験は現実ではない、という事実はどうしてもついて回る。鏡に映る自分の姿を見るたびに、それを痛感する。でも、今だけは、この幸せに浸っていたい。

 静かな部屋に「ぐぅ」とお腹が鳴る音が響く。
 〈MAHORA〉とは違いβ世界ハチの世界は、現実とはつながっていないので、半日何も食べていなかった私は、ログアウトした瞬間、空腹に襲われた。こればっかりは仕方がない。
 キッチンでカップラーメンを作り、とりあえずお腹に放り込む。
 湯気が立ち上るラーメンを夢中ですすりながら、ハチとの幸せな時間を思い出し、胸の中でその余韻がじんわりと広がる。
 さっき別れたばかりなのに、もうハチに会いたい。

 次の日、仕事を終えたあと、ハチの病室を訪れた。
 これまでずっと、ハチの寝顔しか見ることができなかった。
 でもこれからは、ハチの笑顔も見れるし声も聴ける。一緒に歩いて、語り合って、たくさんの思い出を作っていける。

「久しぶりにハチに会えて嬉しかった」

 眠っているハチの耳元で囁く。
 少しだけ微笑んだように見えたのは、気のせいだろうか。
 また、ハチの世界で会おうね――そう、心の中で呟く。


< 前へ 目次次へ >


※「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
 なろうとカクヨムは、行間多めのレイアウトになっています。
>>「小説家になろう」で読む
>>「カクヨム」で読む


【PR】
Amazon Kindleで小説を出版しています。
すべてKindle Unlimited(読み放題)対象なので、こちらもよろしかったらよろしくね♪



いいなと思ったら応援しよう!