この街がすき 第1010話・10.31
「あいまいだから日本語ではなかったかも知れない」あれから25年、私は久しぶりに生れ育った街に戻ってきた。もしかしたら25年ぶりかもしれない。ここは私が生まれた街の象徴と言えるビルの屋上である。
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私がまだ幼いころこのビルの屋上でイベントが行われ、両親に連れられてきた。まだ小さかったから、そのころの記憶は断片的にしか覚えていない。だがこのイベントは普段とは違うにぎやかなものだったから、今でもはっきりと覚えている。
ビルの屋上の中央にはステージがあった。そこで繰り返しいろんなものがみられる。演奏やお笑いのライブなどが2.30分くらいの感覚で繰り返し行われていた。「ほら、ヒーローショー始まるわ」優しい笑顔の母親の声でステージの前まで歩く。
ちょうどテレビで毎週見ていた戦隊もののヒーローショーが始まっている。周りには当時の私と同じ年やそれよりも年上、多分男の子が多かったかな。ちょうど悪者のコスチュームに身を包んだキャラクターが暴れまわっていて、子供たちを脅していた。私は前から2番目くらいにいたから直接脅かされなかったけど、前では脅かされて泣いている子もいたわ。
やがて、正義のヒーローが現れて、格闘が始まり、悪者は退治され、ステージの奥に消えていった。最後は正義のヒーローがキメのポーズを取り、「平和が戻った」みたいなナレーションが入り、ステージが終わる。
ここで前にいた子たちはいっせいにその場から離れた。私は最前列に陣取る。「ショーが終わったわね。何か買う?」ステージの周りには屋台があり色々なものが売っていた。母親はステージからは慣れたかったようだが、私はその場にいる。理由などまったく覚えていない。もしかしたらさっきまでのヒーローショーで最前列が男の子たちで占拠されていて、ようやくいま最前列にこれたからそこにいたかっただけかも。
私が動きたがらないことを知った父親は「もう少し見ようか」と言ってくれる。母も折れるように「いいわ、時間まだあるしね」と言った。
しばらくは次のステージまで準備が行われたが、やがてミュージシャンらしき集団が登場する。歌声は英語だったと思うが記憶はあいまい。少なくとも日本語ではないのは確か。
ミュージシャンが数曲熱唱するが、あるテンポの良い曲のとき、私はその音楽がすごく心地よくなったのか、突然ダンスを始めてしまった。ダンスと言ってもただぴょんぴょん跳ねるだけだったが、それを見た周りの人たちが笑顔になって私を見ていたことを覚えている。
そのとき私は踊ることの楽しさを知った。父親の仕事の都合であの日から3か月くらいして街を離れたが、引っ越しし先でも、あの時のダンスの楽しさが忘れられず、両親に志願してダンススクールへ。
中学や高校の部活もダンス部に入った。高校のダンス部はその世界では強豪校だったが、私はその厳しい練習にも耐え、やがてトップの選手となる。
そうなると欲張りなのか私は学校関係者以外のもっと多くの人に、ダンスを見てほしいと思って、その様子をショート動画にしてSNSで投稿するようになった。最初は友達少しずつ人気が出てきて、やがてバズるほどになる。
あっという間にネット界では有名人となり、芸能事務所を語る人物からのオファーまであった。
こうして私は大学を卒業と同時にダンサーとなる。日本を離れ海外で活躍するようになった。
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「日本は5年ぶりね」昨日私は久しぶりにニューヨークから成田空港に到着。5年ぶりの里帰りだ。ちょうど私が経験した原点の街、私が生まれ育ったところに、いま両親は戻ってきて住んでいるから真っ先にそこに向かう。
年々進化していくが、やはり生れ育った日本に戻ると不思議と安心する。私が日本人であることの証。
空港からは電車を乗り継ぎ、故郷の街に戻ってきた。両親に挨拶を済ませ荷物を置いて真っ先に来たのがビルの屋上。私の原点となる場所だ。この日はイベントをしておらず、時間帯もお昼休みじゃないから他に誰もいない。でも私は来ると大体の位置関係を覚えている。
ステージがあったあの場所の前に来た。そしてやはり私はダンスを始める。もちろん幼きあの時のぴょんぴょん跳ねたときとは全く違うもの。
世界が認めてくれた私のダンスを5分ばかり披露した。
ダンスを終え軽く汗をかいた後、私はビルの屋上からの風景をじっくりと眺めた。25年の月日が流れて変わっているところも多いが、相変わらず変わらないものもある。
「どこに行っても、やっぱりこの街がすきね」私は思わずそう呟いた。
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シリーズ 日々掌編短編小説 1010/1000
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