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かじられるモチーフ 第770話・3.4

「おかしい。だがありえない」ひとりの画家は首を傾げた。この画家はある分野では相当な実力があると評されている。それは写実的な絵を描くことにおいてトップレベルの才能を持っていた。一見写真にしか見えないもの。それはこの画家が自らの手で描いたものである。

 これでこの画家は相当な絵を売れたのかと言えばそうはならない。なぜならば、それは絵に見えず、写真にしか見えない。となればだれでもカメラ撮影すれば似たようなものができてしまう。つまり画家の作品は写真にしか見えないから誰もその価値が理解できないのだ。だから画家は貧乏であり、その日食うものに困ることがある。

 だが画家は、そのようなこととはもっと違う次元のことで、1ヶ月ほど前から頭を抱えていた。それはあり得ないことだが、モチーフとしている絵に変化が起きること。画家はモチーフにするものは風景や物よりも食べ物が多い。それは最近余計に顕著になっている。食べるものに困っているからだろうか?とにかく料理や食べ物の絵を描くことが多い。そしてそれは天下一品の仕上がり。写実的に見える料理は本当に食べてみたくなるほどリアリティが高い。

 ところがそれが災いしたのか?せっかく描いた食べ物の絵、それが次の日になるとかじられているのだ。
「絵をかじる、ばかなありえない!」画家は最初は気のせいだとばかり思っていた。完成された絵を描いたつもりが無意識にかじった絵をかいてしまったのではと。ところが、次の日になるとさらにかじられる。

 最初1個のリンゴを描いたのに、日々かじられていき5日目にはヘタの部分しか残らなかった。その次はプリンである。これはかじるというよりスプーンですくわれているといったほうが良いだろうか。普通にプリンとスプーンを描いたのに次の日には一口分なくなり、その翌日にはさらに減っている。これは7日目くらいで消滅しただろうか?

 画家はあまりにも不思議なことが起きているためか、ノイローゼになった。「なぜだ、いくら写実的に描けているといってもこれは絵だ。それを食べるとは何たること!絵具を食ってもうまいのか!」画家は相談したいが誰も信じようとはしない。せめてカメラで記録のひとつも残せばそのようなことはないだろう。ところがこの画家、カメラのせいで自分の作品が売れないからと、大のカメラ嫌いで撮影しない。だから誰も証拠がなく信じないという悪循環。

「いったい誰が、なぜ」画家は証人になってくれる人を探した。幸いにも証人はすぐに見つかった。ここで画家はその人に毎日来てもらい、絵が変化しているかチェックしてもらう。その人は律義にカメラで撮影してくれるからより確実だ。画家は試しにバームクーヘンを描いてみた。完成した作品を証人に見てもらいカメラ撮影。次の日も同じことをする。ところが見た目が同じで、かじられている様子がないのだ。

「証人がいるからかじられないのか?」画家はそう思ったが今しばらく調査を続ける。そして数日後、ようやくかじられているのに気付いた画家。バームクーヘンの場合、一枚ずつめくって食べられていたらしく、当初は気づかなかった。3日目くらいでようやく異変に気付いた。中の丸が大きく見えたように感じたから。だが実は外側がやられたことに気づいたのはさらに3日後のことであった。こうしてバームクーヘンは10日後にのこり1枚だけとなり、翌日消滅した。

 画家の絵の異変を確かめていた証人もこれには目を見開く。「こ、これは、確かにモチーフがかじられていますね。いったいなぜ?」証人は顔色を青ざめているが、画家はようやく自分以外にもこの異変を理解してくれる人ができたことで、一気にノイローゼから解放された。しかし、喜んでいる場合ではない。この異変の原因を確かめなければならないのだ。
「動画を回してみますか?」と証人。だが画家は首を横に振った。「いや、そういうのは嫌いだ。それより良い方法が思いついた」という。証人は「いったい何をするのか?」と問うと。「見ていてください。今から描きます」というと突然絵の具を用意して、証人の目の前で絵を描き始めた。証人はしばらく眺めていたが、あっという間に描き終える画家。それはジョッキになみなみと入ったビールである。
「ビールですか?」「そう!いいことを思いついた」そう言って画家は胸を張る。「アルコールを描いてみたんだ。もしこのアルコールがほかの食べ物同様に翌日少しずつ消滅するだろう。だがこの中には他の食べ物と違い、アルコールが入っている。つまり飲むと酔ってしまうから、次の日に回りで酔っている者がいればそいつが犯人だ」

「で、でも」証人は反論した。「その犯人がもしアルコールが強い人では、ジョッキのビールでは飲んでもわかりませんよ」と。画家は目をつぶり考え込んだ。だがこの絵、即興で描いたためだろうか?モチーフのバランスが大きく左に寄っていた。「ならば」画家は再び絵を描き始めた。左に寄ったビールジョッキの右横に何かを描く。「これでどうだ」画家はビールジョッキの右横に書いたもの。それはウイスキーのボトルとコップになみなみと入ったウイスキーを描いた。「この琥珀色のウイスキーのアルコール度数は40度ある。これを飲めば、そこそこ強いやつでも酔うに違いない」

こうして証人に撮影をさせた後、次の日にどうなるか結果を楽しみに待つことにした。

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 翌日、証人が先に絵の前に来た。見るとジョッキのビールは半分に減っていたが、その横に書いていた琥珀色に染まったコップが透明になっている。「まさかウイスキーをあれ全部!」証人はさらに驚いた。ボトルに入っているウイスキーもずいぶん減っているではないか。

「よし、これでその犯人は酔っているな。さてと画家は、あれ?今日は遅いな」証人はしばらく待ったがこの日、昼を過ぎても画家の姿はなかった。このとき証人は「まさか」と思ったが、その通りのようだ。画家の部屋に行くとどういうわけか、画家は二日酔いでベッドから起きれなくなっていた。とすれば画家は無意識に自分の描いた食べ物を自分で飲み食いしたことになる。

 証人は頭が少し混乱しつつも、この日を境に画家の下から離れるのが得策と判断した。


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シリーズ 日々掌編短編小説 770/1000

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