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エイプリルフールのひとコマで浮かびあがるまさかの夢物語

「え、マジで? ファアアア!」酒田洋平は、同棲している鶴岡春香にたたき起こされて、大あくびをする。
「だって、昨日約束したでしょ。新しい年度がスタートしたら朝活。ウオーキングで体をトレーニングするって」朝からテンション高めの春香の声にはハリがあった。

「ファアア! まさか、本気でやると思わなかったぜ。今日は4月1日だからてっきりエイプリルフールかなと思ってたのに」
「それだったら今日話すわ。昨日は3月31日。さ、洋平行くわよ!」
 洋平は不快そうな表情で服を着替える。

 こうしてふたりは、早朝のウォーキングに出かけた。
 春分の日を過ぎたために、まだ朝が早い6時台でも十分明るい。まだ肌寒さはあるが、歩いているだけで体が温まるから不思議だ。
「春香、ウォーキングってトレーニングになるのかなあ」「なるんじゃない。いきなりジョギングとか、いままで何もしていないのに、いきなり激しいトレーニングなんかしたら良くない気がするし」

 いつも歩く近所の道。ふたりは10分先にある公園を目指していた。ここは片道一車線の道路。住宅街となっていて、ふたりが住んでいるような集合住宅もあるが、むしろ戸建ての住宅が多い。
 すでに遠方からは通勤する人の姿がチラホラ見える。すぐ目の前には紺色のビジネススーツ姿の男。銀縁メガネの奥から見える瞳は死んでいる。その目と視線が合いかけた洋平は慌ててそらす。そのまま通勤者は無言のまま静かにふたりとすれ違う。

「この時間はまだ車が少ないな」「空気が澄んでいる気がするわ。それに鳥の鳴き声も聞こえてくるの」何度も深呼吸をしながら、ご機嫌な春香。
 

ーーーーー

 公園に来た。ここは児童公園のような遊具はなく、草花が咲いているところ。休日にはピクニックや運動のために来るファミリーなどでにぎわうが、平日の早朝は、人が少ない。せいぜい勢いよく走っているジョギングの人か、犬と散歩している人がいるくらいだ。ふたりは園内を半周すると、ベンチを見つけそこに腰かける。

「おい、あれって犬の散歩だろうけど、まるで犬に散歩されているような気がしないか」
 洋平は大きな犬にリードをつけて散歩をしている人を見た。
「ちょっと声出さない。聞こえたらどうするの」洋平は慌てて口を噤んだ。

「でもさ、今日は年度初めだからトレーニングを始めるのにいいんだって」「トレーニングの日? それってエイプリルフール??」

「もう、エイプリルってうるさいわね。もっと夢のある嘘つかない」
「例えば?」
「うーんこれ『宝くじが当たった!』とか」と春香は嬉しそうに嘘をつく。

「宝くじ! あ、いやさ、実は、昨日本当に宝くじ買っちゃった」
 洋平はバツが悪そうに、頭の後ろに手を置く。

「え? いつのまに」
「今は宝くじってネットで買えるからさ。思わず買っちゃったよ。今晩当選のやつ」

「ふうん、確か1口200円よね」「そう、1口だけ」「まあそのくらいならね。夢があっていいんじゃない」
「で、春香さ、もし宝くじが当たったらどうする」洋平は真顔になって質問。
「あ! エイプリルフールらしい質問ね。普通なら貯金とかなんだろうけど」

「だろうな。将来を考えたたらそうだよな。でもよ、貯金するにしても日本の銀行じゃ利息は知れている。海外の銀行のほうがいいのかな。でも海外預金だと、為替レートと利息との兼ね合いが良くわからんな」
「だったら、半分くらいは投資信託にしない。多少のリスクはあるけど自分たちで株やFXに手を出すよりはましかもよ」春香が嬉しそうに話題に乗る。

「じゃさあ、仮装通貨はどうなんだろう。ビットコインとか」洋平は頭を上げながらつぶやく。ちょうど目の前の木の桜が満開だ。
「いやいやいや」手刀のように手を開いて、目の前で左右に上下させながら春香は否定。

「仮装通貨なんてありえない。私有価証券ですら紙切れで、ちょっと不安なのに」
「日本は大丈夫だろう。多分な」洋平は春香のほうを向く。
「だってさっきから海外の話してるじゃん。リターンが高そうな発展中の途上国の有価証券を買ったとして、もしその国に何かがあったら紙切れよ」春香はムキになって反論。

「よし有価証券ががダメなら金を買おう。あれなら相場に影響があっても紙切れにならない」と洋平は膝を叩く。
 ここでお互い目を合わせると、同時に笑いがこみ上げた。
「ハハッハハアア。高額当選したのにまだ金を増やすか」「そそうよねハハハハハハ!」

ーーーーー

「俺は、どうせなら家買いたいな。夢のマイホームってわけじゃないけど」洋平は腕を組んでまじめにつぶやく。
「え、またその話。洋平本当に家欲しいのね」今度の春香はあきれ顔。

「ああ、だって今は自由に建てられるんだぜ。注文住宅ってやつ。耐震性をシッカリしながら、内装はこだわりの檜とか杉を使った家とか良くないか。それでさ屋上をテラスにして、毎日ビアガーデンとかバーベキュータイム」
 洋平は視線を再び桜の木に向けて語る。あたかも桜に説明しているようだ。桜はまさか反応したわけではないが、枝からピンクの花びらを洋平向けて振り落とす。

「まあ、預かってもらってるシロのことがあるからわかるけど。現実的じゃないわ。でも近所に無いのかしらね。ペットが飼える賃貸って」春香はため息をつく。

「明日から行く今度の職場。隣にあるんだよ住宅展示場が『受雷工務店』とか書いてあって、見るたびに気になってんだ」
「いよいよ新しいところでのメダカ販売ね。だけど毎日その話聞かされそうね」「ならさ、今度見に行かないか? ふたりで住宅展示場」洋平は春香のほうを見つめる。

「ええ! まあ見るだけだったらタダよね」「そう、夢だけは持ちたいよ。今日はエイプリルフールだから、遠い夢を語るのもいいなあ」
「そうよね。夢と希望を失くしたら世の中終りね」

ーーーーーー

 その日の夜遅く、洋平はパソコンを立ちあげて宝くじのサイトを開く。「まあダメだと思うけど一応見とくか」洋平は画面を見つめる。しばらくしてマウスの手が止まった。「おい、当たってるよ!」
「何が??」すでに春香はベッドにいた。
「宝くじだよ! 見ろよ当たってんだよ」「はあ、それって7等の1000円のこと。もう、そんなので騒がないでよ」
「違うマジだって、ほら1等だって!」「それ、エイプリルフールだから? もう日付越えてるわよ」

「じゃないって、早く見なよ!」洋平の必死の声。そして声が少し震えている。だが春香は睡魔がそれを上回り、そんな洋平の動きに気にも留めない。
「もう眠いのにしょうがないわね。ファアア!」
 春香が眠そうな目をこすりながら、鬱陶しそうな表情でパソコンの前まで来て画面を眺める。しばらくすると絶句。突然睡魔が吹っ飛んだ。


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シリーズ 日々掌編短編小説 436/1000

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