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10月10日の万葉集 第626話・10.10

萌えちゃんどう。行けそう?」「え、そんな久美子さん! 私、釣りなんかしたことありません。だからこんなやり方で合っているのかどうかも.......」
 伊豆萌は、同居しているパートナーの蒲生久美子に誘われて、釣りをしている。それもわざわざ兵庫県の明石まで来ていた。
 理由は久美子との一週間ほど前の会話がきっかけである。

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「久美子さん、万葉集買ったんですね」「そうよ、萌ちゃん。これからは私たちも、もっと古典とか文化的なものに触れていきましょうね」
 久美子はそう言って萌の手を握った。手と手のぬくもりに、萌も久美子も心地よさそう。しかし数秒後、萌は目の前の万葉集を手に取ると、適当なページをめくる。そして何かを見つけて詠み始めた。

「しび(鮪)釣ると海人船散動き」 『万葉集』巻六・938段

「へえ、まぐろのことをシビって呼ぶんだ」萌は嬉しそうにつぶやく。久美子はもえの耳元に来ると「萌ちゃん、それは山部赤人(やまべ の あかひと)の歌ね。聖武天皇の供をして明石に来たときに詠ったそうよ。確か神亀3年9月15日。惜しい!もう10月入ったわね」
「久美子さん、でもこれって旧暦でしょ」久美子は突然スマホを取り出すとあるアプリで確認した。
「旧暦をグレゴリオの西暦で変換できる、このアプリでみると、あ、久美子さん、まだですよ。西暦なら726年10月10日です」

「来週ね。あ!」久美子はテーブルに置いている和太鼓の形をした貯金箱を持って揺すった。「結構お金がたまっているわ。ねえ萌えちゃん、このお金使って、来週明石行かない」
「え、10月10日にですか?」「そうよ、休みでしょ」「え、ええ、そうですが、急ですね」
「こうやって万葉集をもとに会話が盛り上がったじゃないの。これはやっぱり当日現地に行くべきよ。そしてふたりで山部赤人の気持ちになりたくなったわ。そうね決まり!」
 久美子が半ば強引に物事を決めることに対して萌は慣れている。でも本当に突然だから、いつも戸惑うのだ。
「わかりました。久美子さん、とりあえず今から夕食にしませんか? 今日はおでんです。特別におもちを入れてみました」
「萌えちゃん好きね。どうせなら肉だんごも入れてほしかったかな」

 こうしてふたりは10月10日に、万葉集で詠まれた明石に行くことが決まった。

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「日差しがきついわ。目の愛護をしないと」久美子はサングラスをかける。 
 ここは明石海峡、港の波止場に来ている。「まぐろ釣れないかしら」釣りの経験がほとんどないふたりは、近くの釣具店でレンタルした釣りセットを持ってきていた。「あのう、ここはが釣れると聞いたのですが......」
「萌えちゃんそうなの。でも万葉集では」
「その時代と今とは違うと思います。当時は目の前の淡路に、あんな橋も架かってませんでしたし」萌が竿を突き出した方向には、巨大な明石海峡大橋が見える。

「やっぱりやめよっか。釣りなんて」久美子は初めて1時間もたっていないのに早くもつまらなそう。そして顔を上げて空を見る。逆に萌えはわからないなりにも必死。でもそんなに簡単に釣れるはずはない。
「来る前に、釣りのトレーナーみたいな人に教わればよかったわ」萌はため息つく。
「しょうがない」久美子はトートバッグから何かを取り出した。直後にキャップを取る音がする。「あ、まだ昼間ですよ!」萌えは驚くが、その横で久美子はワンカップの酒を飲み始めた。
「萌えちゃん今日は休みよ。だから昼間から飲んだっていいの」とても女性とは思えない豪快な飲み方をする久美子。だが萌はそんな久美子に憧れていた。

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 それから数時間、久美子は途中から心地よく昼寝をしている。萌はひとりで釣りをするがやはり釣れない。「やっぱりtotoは外れか」萌えは竿を置き、スマホで結果を見てため息。「本当に厳しいわね。釣りの世界、メンタルヘルスがやられそう」こうして萌もついに諦める。
「久美子さん、起きてください。もう釣りは諦めましょう」「う、ううん、あ、びっくりした。萌ちゃんか」
 久美子は起きると体中に汗をかいている。「どうしたんですか? 久美子さん」「いやね。ヘンな夢見ちゃった。赤ちゃんが突然LPガスのボンベを持ち上げるの。それを私に向けて」久美子は半開きの目をしている。

「しっかりしてください。もう帰りましょう。でも、明石に来たから帰りに名物のお好み焼きを食べて帰りません」「あれ?」
 久美子は首をひねる「萌えちゃん、明石ってそれとは違うわよ。確かたこ焼きみたいな形をした、明石焼きとかいう玉子焼が名物のはず」
「そうなんですね。それでもいいです。行きましょう」「うん、だったらこの近くに、スーパー銭湯があったはず。そこに入ってからが良くないかsりら。湯上りにビールでも」こういって久美子は立ち上がるが、突然すぎたのか、足元がふらつく。「もう、久美子さん、大丈夫ですか! ここ足場悪いですよ。転倒防止の看板があるくらいだから。

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 湯に入り玉子焼きを食べたふたりは駅に向かう。途中にスーパーを見つけた萌。「久美子さん、今から帰ったら夜遅くなるから、何か買っていきませんか」「え、別に今夜は缶詰とか冷凍めんでもいいんだけど」「ほら、ちょうどポテトサラダを売ってます。あ、トマトも安い!」こうして萌は旅先でも、いつもの買い物モードになるのだった。

 
 

こちらのキーワード(10月10日の記念日)を使って書いてみました。

目の愛護デー 缶詰の日 まぐろの日 釣りの日 冷凍めんの日
世界メンタルヘルス・デー 銭湯の日 トレーナーの日 
totoの日 空を見る日 トートバッグの日 転倒防止の日 
おもちの日 トマトの日 お好み焼の日 おでんの日 
肉だんごの日 貯金箱の日 島の日 萌えの日 LPガスの日
赤ちゃんの日 ワンカップの日 貯金箱の日 ポテトサラダの日 
和太鼓の日 鯛の日 手と手の日


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シリーズ 日々掌編短編小説 626/1000

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