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郷土料理とともに呑む 第843話・5.16

「予約していた、酒田です」「2名様ですね。こちらの席をどうぞ」酒田洋平とパートナーで同棲している鶴岡春香は、店員に会釈すると、案内された席に座る。

 このふたりは、それまでつつましく生活していたが、昨年まさかの宝くじ高額当選を機に人生が変わった。当人たちは「今まで通り」を貫こうとしたが、やはりそうはならない。まず見晴らしの良い場所に土地付きの家を購入した。さらに「一生の思い出」だからと先月から長期の旅に出る。今はその最中、いつまで続けるかは決めていないが、数か月は続けそうな勢い。もちろんいくら多くの資金を手にしているからって、ぜいたくなことはせず、できるだけ経費を押さえた貧乏旅行。

 具体的には普段、旅先で見つけたスーパーの割引になっている弁当などを買って、近所の公園で食べるようなことをしている。だが、たまにリッチなものを食ベることがあった。
 今日はそんなリッチなものを食べる日に該当。洋平が気になる店をあらかじめ調べていて、わざわざ席を予約までした店は、この場所の郷土料理を食べられるのだ。

「今日は、近くのビジネスホテルだから、久しぶりに飲もうかな」洋平は普段飲まないアルコールを注文。ちなみに酒はふたりとも飲めるが、常飲者ではない。
「カンパーイ」とカウンター席でビールを飲むふたり。あらかじめこの地域の郷土料理にどんなものがあるか調べていたらしく、メニューにそれを見つけると、次々と注文する。
「うん、どれもおいしい」アルコールの影響があるのか、春香はいつも以上に上機嫌。気が付けば日本酒を飲みだした。それはもちろんこの地域の醸造所が作っている地酒である。

「ぐいぐい行けるな。いいか今日はそのままホテルで寝るだけだ」普段はゲストハウスや民宿のような安宿を利用するふたりも、最も他人に気を使う必要のないビジネスホテルとあって、気が緩んだ。
「そうだ、洋平、ここの酒蔵って見学できないかしら」春香は今飲んでいる日本酒の冷酒の瓶の後ろに貼ってある住所を見る。「酒蔵の見学か、でも、それは冬場だぞ。もうこの時期酒造りはやってないだろう」酒は飲んでいるが、元々酒が強い洋平はいたって冷静だ。

「いや、別に酒蔵の中とかはいいの。その外側だけ撮影するのでも十分だからさ」「酒蔵の外側か。良く古い土蔵とかになっている奴だな。さてどこかにあるのかな」洋平はスマホを取り出す。酔っているとはいえ、操作には全く影響がない。もしかしたら飲む前よりも感覚が鋭くなって、指の操作が早くなっているかもしれないのだ。
「ほう、どうやらこっち側にあるな。うん、そんなに遠くないよ。蔵の外だけ撮るんだったら行ってみようか」

「うん、行こう。いいわ着の身着のまま自由にできる旅って。私達ってもうあの、たか」「おい、酔ってるだろ禁止ワード!」慌てて洋平が窘めた。
 昨年の高額当選のことはふたり以外の人物や他人に聞かれるようなところでは御法度。

「あ、ご、ごめん。油断した」慌てて手を押さえる春香。でもすぐに手酌で自分のグラスに日本酒を注ぐ。ちょうど冷酒の瓶に入っていた酒が空っぽになった。その空になった容器を振りながら「もう一杯いい」という。洋平は静かにうなづいた。

ーーーーーー

「さてと。そろそろ帰ろうか」洋平は立ち上がると、会計を済ませる。
「ふう、今日は結構飲んだわ。洋平、飲みすぎちゃったかな。ごめんなさいね」その横で顔を真っ赤にしている春香は目が少しとろりとしていた。とはいえ、足がふらつくほどではない。
「いや春香、別に謝る必要はないよ。もしあそこまで行ったら嫌だけど」洋平が見ている方向に春香も見た。すぐに「もう、行くわけない!」と、否定。洋平は笑顔になりながらも、仲良くふたりは手をつないで店をでた。

 洋平たちが、一瞬見た席でも男女が楽しく飲んでいたが、どうやら本当に飲みすぎたよう。楽しさは完全に消えていたようだ。「ちょっと、今日はやけに飲みすぎだな」男が少しテンションが高い女を押さえる。
「だって、いいじゃないですか。この料理とお酒がまた良い相性なんです」女はそう言いながらお猪口に入った日本酒を一気に飲み干した。「たまには、ヒッ。せん、先生もう一杯飲んじゃいましょう!」
「明日はどういう日かわかっているのかね。いい加減にしないと。もう帰るぞ」
「なんで、もう今日は先生と呼ぶのやめた!ねえ、プライベートモードでもう一杯飲みましょう」と言って勝手に注文する女。男の方は首をかしげながらも、それを止めず、しぶしぶ付き合うのだった。

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シリーズ 日々掌編短編小説 845/1000

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