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エイプリルフール 第798話・4.1

「そこにいる君、何を見ているのかな?」木の枝に止まっているのは一羽の小鳥。だが、なぜか声に出してしゃべっている。
「フフフフ!こりゃおもしれえな。まあ、そんなに驚く顔をするなよ。今日4月1日はは君たち人間界では、嘘をついても良いそうだな。エイプリルフールだっけか」

 普通にこちらに向かって語りだす小鳥。もしかして、ラジオかテレビの音声が漏れ聞こえるのかと周囲を確認する。だが周辺にはそのようなものが見当たらなかった。ここは外だし周辺に家もない。そのうえ周りには誰もいないのだ。

「そう驚くな。これは私が人の言葉をしゃべっている。嘘のような本当の話だな」
 もう一度小鳥を見た。確かに声は枝の上にいる鳥の方向から聞こえている。あまりにも衝撃な目の前の事実に、急に脈拍数が高くなった気がした。耳元で聞こえる心臓の鼓動。だがまぎれもなく、現実に目の前の小鳥がなぜか語っている。それも本来小鳥よりも知能指数が高いはずの自分よりも、はるかに博識がある自信に満ちた口調で...…。

「さて、もうひとつ面白いことを言ってやろう。今日はトレーニングの日というじゃないか。君は普段からトレーニングをしているのかな」

 思わぬことを小鳥に言われ、思わず焦った。また脈拍が聞こえる。なぜならばこの人は基本はインドア派のため、トレーニングなど全くしていないからだ。思わず首を左右に振る。
「だろうな、見た目からしてその体脂肪の高さが全てを物語っているようだ。私のように羽を備えている者は、頻繁に大空を飛びトレーニングをしているのも同然。それも君たちでは手が出せない大空を飛ぶ。
 君たちは頭の中で3次元とか2次元などと小難しい言葉でイメージするかもしれないが、私は自らの羽を動かすことで、この世界が3次元空間であることをいつも感じているぞ。アハハハハハハハ!」

 言われてみれば確かにそうだ。鳥は人間と違いは、羽根があるから大空を飛べる。だからもしこの「しゃべる小鳥」が珍しいと、生け捕りをやろうとしても失敗することはほぼ100%。こちらの動きを察知しただけで、小鳥は即座に羽を動かし自由に空を飛ぶ。あっという間に高さ10メートルくらい上空にいて、地上にいる人を嘲るようにさえずるだろう。

 だからここではただ黙って小鳥を見つめるほかない。鳥はなおも語り続けた。「本題に戻るが、歩くでも走るでも泳ぐでも何でもよいが、トレーニングはした方が良いだろうな。だがこれらのうち、泳ぐという行為は私にはできない。水というこの世界の別世界の中に入ってみたいものだな」
 ここでこの鳥は本当は泳げるのではという気がしている。何しろ人の言葉を語るほどの鳥なのだ。まるでこちらの人間を試すように、こんなことを言っているに違いないと考えた。

「君の考えていることは、およそわかるぞ。私が本当は泳げるのではないかとな。だが泳げない。これは事実だ。私の仲間で、水の上で優雅に泳いでいる水鳥と称されている者どもが、ときおりうらやましく感じるな。あの水の下には魚という生命体がいることは知っている。だが私は同じこの3次元の空にいる小さな昆虫類しか知らぬ...…」ここまで来て鳥の語りが止まった。何かしら遠くを寂しそうに見つめているように見える。

 ふと、この小鳥が少し哀れに感じた。水の中、川の中でも湖の中でも海の中でもよいが、その世界を知りたくでも行けないというのはちょっとかわいそうかと。そう考えると人間は乗り物という機械仕掛けの箱を使えば、空だって飛べるし、水の上、場合によっては水中に潜ることもできる。知能と言う者をフルに活用し、それも何世代の人間が編み出してきた最強の箱。それが乗り物なのだ。

「そうか、人間であることをもっと誇りに、学ばないといけないか...…」今日から新しい学年度が始まっている。目の前にいる人とは実は中学生だ。今はただ、与えられた授業を淡々とこなし4月から2年生になったが、もっと主体的に「学び」ということをするべきなのかと、このとき考えさせられた。

「さてと」小鳥が久しぶりに口を開く。人はすぐに鳥の方を見つめる。
「では、そろそろ君にしゃべる行為も飽きたな。帰るとするか。そうだ、君、せっかくだ。私のことを自由に語っても良いぞ」
 小鳥が思わぬことを言い出したので、人は思わず大きく目を見開いた。
「相変わらず驚くね君。いいよ、いいよ、せっかくの機会だ。『小鳥がしゃべった』とでも言いふらして、存分にエイプリルフールを1日楽しむがよい。ではな」

 そういうと鳥は勢いよく枝から大空に向けて飛んでいく。残された人はしばらく呆然としながら、小鳥の飛んでいく方を見つめる。そのあと、この事実を他の人に言うべきか迷った。でもそれから30秒以内に迷いは解ける。
「ま、いいかエイプリルフールだしね。それよりどこかジムにでも通う?いや4月から真剣に授業を聞いて、しっかり学んだほうがいいかな」と、ぶつぶつ呟きながらその場を後にした。


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シリーズ 日々掌編短編小説 798/1000

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