2月9日にどこかで遭遇した個体たち
ここはおそらく東シナ海海域? 雲ひとつない鮮やかな青空が広がる海水の中。一匹のトラフグがゆったりと遊泳していると、正面から似て非なる存在がやってきます。
「おう、トラじゃねえか。まだ食われずに元気してそうだな」と声をかけたのはハリセンボン。「け、誰かと思いやハリか。ここで会うとはまるで漫画みたいだ。だってここ温帯だぜ。亜熱帯に生息する、おめぇさんが、ずいぶん北上してきたな」
トラフグに声をかけられたハリセンボン。自らの特徴をアピールするかのようにボディーに張り付いたとげを突き立てる。
「いやちょっと運動したかっただけだ。だけどこれでもまだましだよ。間違えて黒潮なんかに乗っちまうと、ずいぶん北のほうに飛ばされっちまうからさ」
「まあな。でもハリ、これ以上先に行くのはやめておけ。対馬暖流があるぞ」トラフグはさりげなく警告。
「わかってるよ。トラの姿みちゃあ、これ以上は危険ってことくらいさ」「そう、わかってんだ。じゃあとっとと引き返しなって」
「なんで! 来たばっかなのに。ちょっとくらい休ませろよ」
ここで不満とばかりに再びとげを突き出すハリセンボン。負けじとトラフグもお腹に空気をためて膨れてみせた。
「はあぁ、しょうがねえ野郎だ。ま、いいか。そうだ今日は2月9日らしいぜ」
「なんだ、それホモサピエンスの考えた暦ってやつじゃねえか。おいらには関係ねぇ話だ」
「だがそういうわけにもいかねえんだ」「トラ、何で?」「それがさ、今日は俺の日『ふくの日』って呼ばれているらしい」
「『フグ』じゃなくて、『ふく』なのかい」「おう、フグが有名な下関じゃあ、俺の事をふくって呼ぶらしい。だけどよ実は下関よりももっとフグが取れる地域があるんだぜ」
「へえ、そりゃどこだい」「聞けば石川県がトップで、下関のある山口県は4位だってよ」「意外だなそりゃ」
「それで同じ日では石川の能登半島では輪島ふぐの日と言うのを設定したらしい」
「ま、そりゃ取れるのが多いほうが名乗るべきだな。でもトラはうらやましいな。おいらの場合、ハリセンボンの日なんて聞かねえよ」と言うと急にしぼむようにとげが隠れるハリセンボン。
「何言ってんだい。そのほうが安全だ。あいつら結局俺たちを食うために、あんな記念日作ってんじゃんか!」「確かに。だけどよ、おいらも沖縄あたりじゃ食べられることがあるんだぜ」
「へえ、ハリを食べる。そんなトゲトゲしいボディで?」表情がないはずのトラフグの目。気のせいかなぜかニヤケているようにタレて見えるのだ。
「おいトラ! トゲトゲしいなんて言うな! ただでせさえあいつら、おいらのボディを見て、裁縫道具の針が千本刺さっている見たいだとか、おかしなこと言うんだぜ。せめてこのボディをさ、個性的なファッション。そう服のように言ってくれりゃいいのによ」
そう言うと飽きずにまたとげを出し、今度はその場で一回転。「おい、ファッションショーかよ。服なんて着てねえくせに」とトラフグは無表情のまま笑う。
「まあお互いな。大体水中にいるから、そんなものいらねえんだよ。あいつら普段から陸上にいるからな。こんな冬場だと風が吹いたら寒いんじゃねえのか」
「そうだろうな。だけど連中らの頭の良さは想像以上だ。だってよ自分たちは陸上しかいられねえだろ。それでさ鳥のように空が飛べないからって、飛行機なるものを開発しやがった」
「ホモサピエンスってそんなの作ったの。なんて貪欲な」
「あいつらは海中を見るために、潜水艦というのまで作りやがるから、本当に貪欲。だってよ、俺たちには想像できねえが、聞けば数百人を一度に運ぶ、巨大なジャンボジェット初飛行させたってんだ」
「無理して飛ばなくたって良さそうなのにな」実はここでハリセンボンはため息をついたようだが、水中なので口が開いたくらいでわからない。
「あとはな。バレーボールを誕生させたり、日本初のプロ野球を開催したりとかいろいろやってんな」
「トラ、さっきから聞いてたら、ずいぶんホモサピエンスの文化に詳しいな。何でそんなに知ってんの?」まさか痛いところ突かれ、思わず膨れるトラフグ。
「え、な、なに? そりゃ大声じゃ言えねぇが、一度釣られたことがあるからさ」「釣られた? ホモサピエンスにか! 良く生きて戻ってこれたな」
「あれはまだ子供のときだったからな。すぐに海に逃がしてもらえたぜ。まあプロフェッショナルな網だとどどうなるかわからねえが、アマチュアの釣りでやられたなら、俺たちは他の魚より逃してもらえやすい。運悪くマナーの無い奴だと、おもちゃにされてそこで絶命するかもしれんが」
「はあ、すげえ経験。トラ、ちょいと見直したぜ」ハリセンボンは体を上下に動かして意思をアピール。
「ハリよ。そうか? 釣られるのってあんまり自慢できねえんだけどさ。いやだからそういう文化が一瞬見えた。釣りあげた奴、ワンセグのテレビってのを持ってやがってさ。それを通じて見えたんだ。そうそうおめえさんじゃボールにならねぇな。トゲだらけで選手がケガしちまうぜ」
「ボール? そんなのになりたかねぇよ。でもおいらハリセンボンは、捕まっちまったら干されて提灯にされるんだ」
「へえ、副業いや複業じゃんか。提灯なら俺らもあり得るけどさ。で! 何でそれ知ってるの。ひょっとしてハリ、おめぇさんも釣られた?」
「え? いや、それは無い。なに? もう、いいんだよ!」ハリセンボンは都合が悪くなったのか、またとげを出して誤魔化した。
「そりゃよかった。あんな危険な目。別に釣られなくていいんだよ。ハリだと多分。子供のおもちゃにされちまうぜ」
「あ、思い出した。釣られてて戻ってきたやついるの。奄美大島のあいつだ」
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どんどん話が良くわからない方向に行ったことで、少し危惧を感じたトラフグ。少し前の話題に強引に戻った。
「おう、話戻るけどさ。ホモサピエンスからしたらおいらの肉が旨いと思ってやがる。だから良く狙われるんだ」「そりゃ災難だな。その点おいらは」「あのトゲじゃ、そんなに積極的に食べられないだろうぜ」
「そんなこというけどさ、トラよ。おめえさん、ちょいと卑怯じゃねえか?」
「卑怯? あ、毒の事か」「そうだよ。おいらは見た目で危ないのがわかるがおめえさんら、見た目わからないのに、安心して食っちまってから相手を苦しめる。まるで詐欺師だな」
「で、ハリお前、毒は」「無いことになっている」
「そうかぁ」トラフグは水上に体を立てて視線を水面に合わせる。
「まあ、詐欺でもいいんだ。喰われなきゃ。だけどよ連中ら頭がいいから、ふぐ専門の調理師ってのを育成して俺たちを捌きやがる。それで安全なところだけを食っちまうんだ。一体どこまで頭がいいんだ。俺たちじゃなくて大福でも食ってろってんだ」
「大福かあ。あ! トラ、俺たちまだ福があるってことだろうな」
「ハリそうだ。まだ生きてるからな」
ここでハリセンボンは、そろそろ休憩できたようで体を180度反転させる。
「ハリよ、そろそろ帰るのか」
「おう、トラ失礼するぜ。また会えるよう、福寿までお互い生きていようぜ」と言いながらハリセンボンは、トラフグにしっぽを向けながら南の海を目指して泳ぎ出すのだった。
追記:太字は2月9日の記念日です。(できるだけ入れてみました)
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