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2020のゆくえとその後(Barらくご・後編)

中編はこちら
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 突然現れた裏落語家:九笑亭魔法陣(きゅうしょうていまほうじん)の軽快な落語を聞かされ、大喜びになる店内のお客さん。身内であるはずのニコール、信二のふたりだけでなく、妻のマリエルもノリノリに盛り上がっている。ひとり不安になる康夫。しかし時間はない、視界のマリエルは早くも次の康夫を紹介する。それもこの日決まったばかりの芸名で。

 康夫は後ろを向き、まずは大きく深呼吸する。すると気持ちが落ち着いた。目をつぶり数秒間黙想をする。静まり返る店内。ここでようやく目が開いた。シャープな眼光だったのに突然目が見開き、口元が緩み声も明らかに違う。いつの間にか中堅落語家の表情。呂宋家真仁羅(ルソンヤ マニラ)は、少し高めで遠くに響く鮮明さと軽快なリズムで語り始めた。


「それでは、ちょっとした小噺をはじめさせていただきます。2020年も気がつけば残り4カ月余り」

ーーー(中略:落語本文は、こちら をご覧ください)ーーー

「『2020のゆくえ』ってことで!」


 呂宋家真仁羅が頭を下げて再び顔を上げると、いつものクールな康夫に戻った。店内では拍手が響き渡る。後ろで見守っている魔法陣の表情は、全く変わらない。
 ここで口を開いたのは、マリエル。「はい、では落語対決が終りました。どっちが面白い落語であれば拍手してください。両方面白かったら、2回拍手してもいいですよ。最初に、九笑亭魔法陣の噺が面白いと思う人」
 
 拍手する人が何人もいた。七割くらいの人が拍手している。後ろで得意げな表情をする魔法陣は、口元が緩み白い歯が出ていた。逆に真仁羅こと康夫の表情は暗い。額から汗がにじみ出ていて、ちょうど眉間にしわを寄せているためか、汗がその間に入り込んでしまっている。
「では、呂宋家真仁羅の噺が面白いという人は」とのマリエルの声、康夫の心臓の音が耳元で鳴り響く。しかしその瞬間全身がしびれる感覚に襲われる。あまりにも意外な展開。なんとほぼ全員が拍手をした。その上明らかに手を叩く音が先ほどと比べて大きい。ここでようやく表情に余裕が戻った康夫。対して魔法陣の表情は険しいものになった。

「どうやら、この勝負は、拍手の大きさから真仁羅の勝ちとなりました」
 すると、前に出てきた魔法陣。険しい表情ながらも静かに語る。
「マスターいや呂宋家真仁羅どのが、想像以上に噺がうまいとは。私にとってアウェとは言え、これは完敗だ。私は言い訳はせぬ。負けを認めよう。その一万円はそのまま置いて帰る」そういうと店を出ようとドアに向かった。

「待ってください!このお金受け取れません」とは康夫の声。
「この勝負、仕掛けられたとはいえ、私の店でやったこと。かつこの人たちは、もともと私の落語を聞きに来た人たちです。それでは戦う前から勝敗がほぼ決まっていたのでは?私はあなたに勝ったとは思えない。だから対決自体なかったことにしませんか?」

 しかし魔方陣は後ろを向いたまま首を横に振ると「そういうわけにはいかねぇ。仕掛けたのはこっちだ。負けを認めた以上、その金を戻されたら困る」
「そんなのいいじゃないですか、みんな落語を2本も聞けて大喜びです」
康夫の声に「そうだ」「勝負というより楽しかった」と店内の人も声を掛ける。「いや」そう言ってドアに手を書ける魔法陣。
「わかりました!では、こうしましょう!!」今までにないほど大きな声を出す康夫。魔法陣が振り返ると、康夫が手にしているのは一本のウイスキーボトル。

「これはアイルランドのアイリッシュウイスキーで、年代ものです。これを当店でボトルキープをすると1万円。どうです。魔法陣さんの金は受け取れませんが、このボトルをキープされたということで」
 その瞬間店内にいる人から大きな拍手が巻き起こった。魔法陣はそのまま康夫の方に向かって歩くと「ほう、面白い。わかりました。私は勝負に負けたのでそのお金は、あなた様に手渡しました。でもあなた様がその一万円をどう使うかは自由。このウィスキーボトルをあなた様が一万円で購入し、私にプレゼントしてもらったことにしましょう。ではせっかくだから、そのボトルのお酒を、ここにいる皆さんにショットグラスで、差し上げて見られてはいかがでしょうか」
 これに皆が「おお!」と声を唸らせる。康夫は「承知しました。では魔法陣様のご厚意にお答えさせていただきます。そういって人数分のショットグラスを用意した。そしえグラス3分の1ずつ入れる。
「はい、残りについては魔法陣さんの名前で、この店が続く限りキープとさせていただきます。では皆さん乾杯しましょう」

 こういって全員が、ウイスキーのショットグラスを持って乾杯した。
 そして魔法陣はそのウィスキーを一気に飲み干すと「楽しませてもらいました。ではまた」とつぶやきそのまま店を出る。
 康夫は、入口まで走り寄り「私も勉強になりました。ご来店ありがとうございます。またのご来店を」と言って深々と頭を下げる。

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「いやあ、どうなるかと思いました。でもお世辞抜きで、あの落語良かったですよ」と、魔法陣を見送ってカウンターに戻ってきた康夫を信二がフォロー。「私もそう思います」とニコールが続く。
「では、みなさん。今日はもう少し時間があります。有料ですが、1杯ずつ如何ですか」とマリエル。それを聞くと、みんなが次々とドリンクを注文した。

「ふふふ、落語の腕もさることながら、流石はバーのマスター。粋な男だ」と、バーの入居しているビルの方を振り向き見つめながらつぶやいた、裏落語家・九笑亭魔法陣。数秒後にはスキンヘッドの頭を軽く撫で、振り向き直すと静かに夜の街を去るのだった。

(おわり)


※追記:企画提出用の落語本文は、後日別記事にて公開します。2・3日お待ちください。


※こちらの企画、現在募集しています。
(エントリー不要!飛び入り大歓迎!! 10/10まで)

こちらは58日目です。

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シリーズ 日々掌編短編小説 224

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