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道をさかのぼる 第928話・8.10

「さて行くわよ」私はとある河川敷の土手の上にいた。私の趣味はウォーキングである。月に一度テーマを決めて1日かけてウォーキングするのが私の楽しみ。今日は川沿いに歩こうということで、ある鉄道の駅からそれほど遠くないこの河川敷にした。

 ここを選んだのはほかでもない。ここはふたつの川が合流し大きな川幅となる地点。そこでこの合流地点から左右どちらかの川を上流に向けてさかのぼろうという趣向である。どちらにするか私は昨日までに決めていた。今回は右側の流れに沿って歩くことにする。いずれときが来れば、左側の流れに沿って歩くであろう。

 こうして河川敷を歩きはじめた。最初は舗装されている道を歩く。途中で自転車を漕いでいる人が結構な速度で走ってくる。でも正面からくる場合は、すぐに避けられるのであまり気にならない。問題は後ろである。
 たいていはベルを鳴らしてくれるが、ごくまれに、鳴らさずに結構な速度で通過する自転車がいた。そういうときは本当い怖いもの。
 おかげで最近は数メートル接近すると、殺気というかそういうものを感じるようになっているので、自然と体がよけられる。

「早く、舗装されていないところで、自転車を気にせずに歩きたい」と私が思ってしばらく歩くと、ちょうどそういう場所が現れた。舗装された道はそのまま橋となって河川敷の土手を横切っている道路と一体化。道路の先は未舗装の道が先に続いている。私は道路を横切って、未舗装の道に入った。そこは河川敷なのに、自然に任せたまま。獣道のような小さな道だけがあり、河川敷の左右を見ると放置された雑草が私の肩の高さまで伸びている。

 あとはこういう草むらになれば、必ずと言っていいほど虫が寄ってくるが、私はそのあたりは抜かりない。携帯用の虫よけを用意しているから、このようなところでも虫があまり寄ってこないのだ。

「この辺りは本当に荒れているわ人が歩いていないのかしら」私は、川をさかのぼるように道を歩きながら、誰もいないことをよいことに、声に出して独り言。こうしてたまには声を出すが、基本的には黙々と歩く。ところでなんでこんな道路を延々と歩いているのか不思議に思うかもしれないが、私の中ではアウトドアの一環として、山登りをする人と同じ感覚、山よりも勾配が無い道をゆったりと歩けるかどうかの違いなのだ。

「あれ?」どのくらい歩いたか忘れたが、ここで私は戸惑った。目の前に川の流れがありその先には行けない。
 暑さと比例して額のいろんなところに浮かび上がり、やがて重力に従って下に垂れていく汗を拭きながら、想定外のことに私は立ち止まった。
「そうか、あああ!」私はスマホを見ながら頭を両手で抑える。この川は別の川から分岐しているようだ。その分岐しているもうひとつの川が私をその先に行くのを阻もうとする。「だからこんなに荒れていたのか」

 道が荒れてる理由がようやくわかった。「さっきの道路で橋渡ればよかった」少し後悔したがもう引き返そうなどとは思わない。私は仕方なく、もうひとつの川沿いに今度は川を下るように歩くことにした。
「本当はあそこに見える山の近くまで行きたかったけど。ま、いいか」私は当初の計画がずれても対応能力がある。別に「目的地に絶対に行かなくてはいけない」というわけでもない趣味そのものだから、行けないとわかるとあっさりと諦められるのだ。

 私は気分を変え、行く手を阻んだ川沿いに右に進路を取って下流を歩いてみることにした。どこまで歩けるかわからない。海まで行くかもしれないし、それならそれで面白いと思えるのだ。予定が変わってから30分ほどで、ようやく橋が見えてきた。この橋を渡れば予定より寄り道をしたことになるが、一応当初のルートに戻れる。私は一瞬橋の前で立ち止まった。当初の予定通りに戻るか、もうあきらめてこのまま突き進むか、私は迷ってしまう。

 こうすると私は頭を空にするために大きく深呼吸して、気持ちを無にしながら体が本能的にどっちの方向目指して歩くのか委ねるのだ。こうして私が橋の前から無心で歩く、その結果橋は渡らなかった。そのまま下流めがけて歩くことが決まる。
 橋に続く道路を横切ると、また舗装された土手の河川敷が復活した。そうなると案の定、自転車で通過する人も復活。私はまた後方から通過する自転車を特に気にしながらゆっくりと歩く。

 さて、どのくらい歩いたのか、この川を横切る橋を結構通り過ぎたが、道は延々と続く。私はときおり水を飲みながら、ひたすら歩いた。
 やがて私が見えたもの、先ほどとどうも情景が似ている。「あ、また合流点!」この辺りは川が合流と分岐を繰り返しているのか、また別の川と合流しているではないか。
だが、先ほどとは違い、舗装された道は、川の合流点のところまであった。それだけではない。ちょうど合流点のところには橋が架かっており、その橋を渡れば、合流点からさらに先の下流方向に行ける。つまり先ほどのパターンとは全く正反対。

「もっと先に行こうかしら」私は時計を見た。今日も結構歩いたが、もう少し歩いてもよさそうだ。だがここで私は目の前の合流しようとしている川にどうも見覚えがあった。「え、もしかして?」私は、現在地をスマホで確認する。「やっぱり!」私はこの川の正体は、今回のウォーキングをスタートさせた川の下流域にあることを知った。つまり非常に大きな中州のようになっているところを右回りに周回するように歩いていたのだ。
 となれば私の選んだ方法はただひとつ。ここから右手に進路を取り大きな川をさかのぼってスタート地点を目指す。

 合流点から歩くこと1時間くらいで、このウォーキングを始めたスタート地点に戻った。「ありゃりゃ、でもいいか、こういうのもアリね」
 私は今日の結果を後悔せず楽しむ。そのまま駅に戻る。ちょうど暑さのピークが落ち着いたのか、小さな子供を連れたファミリーが出てきて、私とすれ違う。「本当はいい加減、独身辞めたいんだけどね」まだ相手の「あ」の字もいない私は、一瞬寂しさを覚えながら駅に戻るのだった。


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