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思ったことや考えたこと

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日々暮らしていて、頭にふっと思いついた考えや、人から影響を受けて浮かんできた思考の断片などを書いたもの。
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#エッセイ

治らないからいいんです

「治らないからいいんです」 まだ私が30代の頃、地域のリハ職と医者との交流の機会があった。 と、このように書いてしまうと、なんだかかたい印象になってしまう。 端的に言ってしまえば、数人で飲み会をしただけ。そのメンバーが医療職である。ただ、それだけ。 話を先にすすめたい。 私の目の前には、隣の市の病院に勤めている医師が座っていた。彼の専門は精神科と認知症だった。年は私たちより彼の方が10歳以上は上だった記憶がある。物腰はやわらかいが、彼の講義は芯が一本通っており、彼が話すこ

「わからなさ」とつき合う難しさ

「山崎まさよしが好きですって?!」 私の対面には先輩が座っていた。 彼女は非常勤で通っている理学療法士であって、週一回、私と職場を共にしていた。私たちは社員食堂の小上がりの畳の上で正座をして、昼食を取っている最中だった。 彼女の表情を見つめた。 片方の眉をしかめて、口元は笑みを浮かべていた。 その表情はトータル的に見てどこか好意的なものではないことは私にもわかった。 なにか彼女に間違えたことを言ってしまったのかな、と思った。 私は好きな歌手を尋ねられていたはずだった。

未来を描くことができないまま、ここまで生きてきた

「あなたのだめなところはそこだよ」 私の目の前には、革の高級そうな椅子に座っている男性がいた。学校の応接室。スーツを着た男性はこの学校の理事の1人であった。 「〇〇さんの親戚は病院を経営してるわけでしょ。資格を取って、就職して、そこから自分が作業療法士として何をしていくべきか。あなたができることがあるわけだから。ちゃんと将来や目標を見据えてやってかないとだめだからね」 「は、はぁ」 と、私は情けない声を出した。 その後、「わかりました」と答え、そのあと彼と二言、三言話

小さなしあわせ

小さいことは、流れ星のようにすっと消えていってしまうのです。その時は光のようなきらめきを感じますが、大きな深い夜空にすっと過ぎ去ってしまう。きらめきは一瞬です。 私はおそらく、しあわせを感じた時に「しあわせ」と口に出してつぶやいているように思います。はたから見るとなんてのんきものなのだと思われるでしょう。こいつは苦労もせずにのほほんと暮らしているのだなと、思われることもあるのでしょう。 特に私はおいしいものを食べている時に、顕著に「しあわせだ」とつぶやいております。私の家

生きているということ

道端に死んだカマキリがつぶれていた。 そこは田舎で、まわりは草むらが広がっている。平屋の家屋がぽつぽつと見える。 どこかから、川の流れるような湿り気のある音がかすかに聞こえてきて、柿の木の頭上に残された一個の柿が、さみしくぽつんと存在していた。 鬼ゆずは枝葉を大きく下方にしならせ、今にも枝が折れてしまいそうな重さを保ちながら、少しずつ緑から黄へと色づいてきている。 北から寒気のこもった風が時折背中をなでていく。 カマキリはおそらく何度も車にひかれたのかもしれない。

つまみぐい【ニ】

モンブラン味のキットカットに思わず手を伸ばそうとしたその時。 夫が遠くからゆっくり近づいてきて、牛乳を買い物かごにどすんといれた。 スーパーは秋のおやつが目白押しである。さつまいも、くり、かぼちゃ......9月に入ったからなのか、ハロウィン風のパッケージが目立つ。 去り行く夏。 色々なことが今年もあった。 この夏、私は、ある一つの作品に出会ってひとめぼれした。 それはXのタイムラインで流れてきた漫画だった。 「神様」という作品で、このリンクから無料で読める。

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そのおうちは高いお山の上にあって、車幅ギリギリの細いくねくねとした道を登っていくと辿り着く。 道はところどころ地面のアスファルトがでこぼこしていて、草が生え、走っているとかたかたと私の車が揺さぶられる。少しでも運転を誤ると、ブロック塀の壁にすったり、タイヤが道から脱落しそうでこわいので、私は慎重にスピードを落として車を進める。最後の道は両脇に古く使われなくなった工場と平屋のトタンの屋根のおうちに挟まれて、その道の行き止まりまで行くと目的のおうちがある。 目の前には竹林が広

たとえばそれはおにぎりのような

「あなたは、どんなエッセイが読みたいですか?」 と問われたとして。 そんなことはこの先の人生で誰かに問われることはないかもしれないが、そんなことを言ったら話が終わってしまうので、問われた前提で話を進めたい。(ゆるしてくだされ) 私は誰にでもわかりやすく共感を得るような感動物語や、奇跡の大逆転劇、誰もがうらやむような憧れの恵まれた生活、勧善懲悪のスカッとするような話などもおもしろいとは思うが、実のところさほど興味がないのかもしれない。 私が読みたいものは、たとえて言うな

餃子は酢で食べるし、美しく許すことだってできるかもしれない夜

私は目を疑った。 そして私は私のポンコツぶりに、幾度となく落胆してしまう。 その日は、美大のスクーリングで都内の大学のキャンパスを訪れた。訪れたはずだった。 キャンパスに到着してから、スクーリングの抽選に外れていたことが事務員とのやり取りで発覚した。......このことが何を意味するかというと、本日、私は授業を受けられないということだ。「せっかくここまで来てもらったのにすみません」と若い事務員さんが残念そうに声をかけてくれた。事務員さんは何も悪くない。悪いのはどう考えても

ふれるだのふれないだの

最近、短歌が気になる。 本屋さんに行っても短歌の本を一度は手に取ってしまう。パラパラパラとめくって「ほぉぉ…….」とためいきをついて、そして元の場所へ戻す。でもその場をすぐ去るのでもなく、しばらく表紙を眺めてみる。私の頭の中は、買いたいと買わないの間を行ったり来たり行ったり来たり、二人の人間の間でフリスビーを投げられた犬のように、普段はなまぬるい私の思考がその時だけはせわしなくスピード感を持って行き来するのだ。 そして買わないに軍配があがる。 決まり手、熊の富士、寄り切り

「わかる」と「わからない」

土曜日の朝。 二度寝してしまって、夢と現実の間をシーソーみたいに行ったり来たりしている私の耳に、突然夫の声が鳴り響いた。 目をこすりながらぽやんとして起き上がると 「大変だ。つばめが落ちてる」 と告げながら、彼は私の顔も見ずにそそくさと部屋を出て行ってしまった。 私はのそのそとベッドから起き上がり、階段を重だるそうにとんとんと降りてパジャマのまま玄関に向かう。 玄関の扉を開けると夫がビニール手袋を手にはめようとしていた。 ふと足元を見ると丸い物体が玄関マットの上

わからないけど、そばにいる

「どうせわからないんだから」 「私のことなんてわからないでしよ」 「私のつらさなんて誰にもわからない」 目の前の少女は憤りをあらわにして 持っていた水筒を強く床に投げつける。 「あいつムカつくんだよ」 「みんなムカつく!」 私はただただ 「うん、わかったから」 「聞いてるよ、ちゃんと聞いてる」 と言って彼女を強引に抱きしめた。振り下ろした手が私の肩や背中にどんと小さな衝撃を与えた。 最近気になっている子がいる。 私は福祉職の友人からヘルプを投げかけられて

ミニストップのあの子のように私はなりたかった

日頃お世話になっているコンビニエンスストア。 スーパーで忘れたものをちょっと買い足したり、仕事の訪問業務中におトイレをかりたり、私の生活にかかせないものだ。 そんな数あるコンビニの中で、私は気づけばふらりとミニストップに立ち寄ってしまう時期があった。 目的はこれ。 「ダブル蜜いもソフト」 私と私の娘が一時期これにはまっていた。 この「熱い・冷たい」のコンビに私は異常に弱い。 私が代表的に好きなのは、熱々のアップルパイと冷え冷えのアイスの組み合わせである。 遡るこ

ことばがいらない場所

ことばは人を包み込んだり やわらかい気持ちにしたり ここにいていいんだって思えるような 羽根布団みたいな 軽くて ふわふわしてて あたたかな側面もあるけれども 一方で 時には人を傷つけたり 自信をなくさせたり もうここにはいたくないというような まるで水を含んだ衣服のように もがき苦しみながら うまく抗えずに 深く深く 海の底に 人を落とし込めてしまうような 孤独に陥らせる凶器にもなる。 そういう時に 私はある人たちを思い出す。 それは以前、施設に勤めていた時