見出し画像

拝啓、全ての喪失たちへ

ちゃんとした父親はいなかった。それは僕が不倫で生まれた子だったから。
まだ部落という文化が根強く残っているような地域で、そのせいで僕の父親にあたる男は冤罪であるにも関わらず刑務所へ入れられたらしい。
祖母は子供の頃から目が見えず、貧しい家庭だったが故にネグレクトだったと言う。だから、私が生きる為に助けてくれる人が必要だったと、そう語る祖母の表情の悍ましさをよく覚えている。盲いた彼女の視線の先に、本当は何か見えているんじゃないかと疑いたくなるような顔だった。
そんな祖母に道具のように扱われてきた僕の母もまた、壊れてしまっていた。首元にあてた包丁の光沢。木材が燃える匂い。悪夢の見過ぎで寝ているあいだの歯軋りが酷く、早い段階で歯の神経はほとんど死んでいた。
一緒に死のうって僕に語りかける声、もう何処かに行ってしまおうかって、遠くを見つめながらぼそぼそと話す声、おかげで幼い頃の楽しかった記憶はほとんど残っていない。
父親には母と僕とは別に家庭があった。五つ違いの腹違いの兄。詳しく聞いたことはないが、自閉症のようなものを抱えていたのだと思う。相当ありえない状況ではあるが、父とその家庭と、母と僕はそれなりに関わりがあって、たまに一緒に食卓を囲んでいたりもした。その時にのみ訪れる父の家には、僕が生まれた時の写真もしっかり飾ってあり、得体の知れない恐ろしさを感じた。
兄は死んだ。僕が小学校一年生の時だった。
父の妻も死んだ。僕が高校二年生の時だった。
二人の葬儀には僕も母も参加した。
母は泣いていた。
一番の恋敵とその息子だったはずなのに、まるでかけがえのない家族を失ったかのように泣いていた。
僕は泣かなかった。どういう気持ちで泣いていたのか、どういうつもりで骨上げをしたのか、僕にはまるで分からなかった。
初めてできた彼女は中一の時。席がたまたま近くて、休み時間はよく窓際の席で色んな話をした。自分の家庭のことを何となく察していったあの頃に、僕にとって唯一の安らぎが彼女だった。
そんな彼女も中三の秋にレイプされてからおかしくなってしまった。生まれた地域でどうこう言っているような田舎だ、察しの通り治安はあまり良くない。彼女に限った話ではない。そんなクソみたいな話はよく耳に入る街だった。それでも、大切な人がそのような恐怖に晒されることは耐えがたいものだった。湧き上がる怒りが、恨みが、人の命を奪ってしまうこともあり得ると、僕はその時納得してしまった。それくらい犯人を殺してやりたいと思った。今でも思う。あの時の激情に任せれば、何の罪悪感もなく奪えるだろうなと。
結局それがきっかけで彼女とはお別れをすることになってしまった。傘なんか意味を成さないほど、土砂降りの雨が降っていた日のことだ。「あなたは私には綺麗すぎて触れられない」って、扉越しに言われたあの日。ある意味で僕の中での僕も終わった。
僕の原点。
僕の初期衝動。
僕を紐解いていく上での糸口。

別れとはいつも、形容できないほどの痛みを伴うものだ。そんなことは大前提で、それでも僕は一人では生きていけないし、非力なくせに何かを守りたがる。大事だったもの、大切だった人、今までいったいいくつ守れた?今どれだけのものが残っている?
何も掴んでいないからこそ、握りしめた手のひらにはくっきりと爪の跡が残る。ほんの少しでも亀裂が入れば、そこから雪崩式に塵になってしまうというのに、それでも嵐は止まない。次から次へと、冷えた体を温めることすら叶わぬまま、立ち向かわなければ溺れてしまう。
別に溺れたっていいのにって思う、そんな自分をも抱えながら、進んでいくんだ。いつか死へたどり着く道を。

正直な話、全部しょうがないって思う。
歯ブラシの使い方すら教えてもらえなかったような状況で目も見えなくなって、自分の身の安全を誰かに委ねたいと思うことも。自分の為に生きることができず、奴隷のように奉仕するしかない人生の中で、たまたま見つけた光が妻子持ちだったことも。しょうがないと思う。
やり場のない気持ちをどこかで消化したくて、その方法を一つ間違えるだけで大きく人生を変えてしまうなんて、しょうがないだろ。そうして生まれた僕の命も、しょうがないって思いたい。そうでなければ到底保てなかった。そうして自らに何重にもかけてきた暗示によって、僕は誰のことも守れなくなった。
じゃあ彼女をレイプしたあいつは?
穢多だ非人だって騒ぐあいつらは?
人が人を傷付ける理由に、感情の発露が下手だという一面が少なからずあるとしたら、しょうがないんじゃないか?
それでも罪は罪だということも確かだ。だとしたら、あの時自分の殺意に納得してしまった僕も彼らと同類なんじゃないのか?
状況が揃ってしまえばできてしまえる、今後の自分の人生など一先ずどうでもいい。そんな風に完璧に割り切ってしまえるあの状態に、誰もがなる可能性があるのだとしたら。その衝動によって罪を犯す人間を、僕は恨んだりしていいのか。自分がいつそちら側になってしまうのかも分からないのに。

歪んだ愛でも愛は愛だったと、二十五歳を目前にしてぼんやりと考える。
今となっては家族の誰とも連絡が取れない。東京に来て二年、帰る場所もない。それを悲しいって思えないことが途方もなく悲しい。
それでも友達には恵まれた。
そのおかげでこうして何とか生き延びている。
夜中の首都高から見える景色は地平線が真っ赤に染まっていて、じきにありふれた朝がくる。昼間には蒸し暑い夏の前兆を感じる。腹が減っても何も食べたいものがない。気怠さを煙と一緒に吐く。相変わらず煙草は美味い。

これまでの喪失たちへ、いつかは僕もそこへ帰るから、それまでもう少しだけ待ってください。酒のつまみになるような楽しい話は、いっぱい持っていけるようにしたいと思っています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?