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体を大切にした先に見えてきたもの

体を大切にする生活を始めて
間もなく2週間になります。

少し早いですが
経過報告をしますね。

これまでの私にとって
空腹は最大の敵でした。

お腹が空くと
パワーもやる気も
なくなるし
人前で
グーグーおなかがなったら
恥ずかしいし。

だから
出来るだけ
空腹の状態になる前に 
何かを
口にするようにしてきました。

そうして 
お腹を満たすことで
これで大丈夫と
安心していたのです。

でも
お腹が空く
ということは
決して悪いことではなくて
むしろ
空腹を感じる
ということは
必要で大切なことだったんだと
思えるようになりました。

腹八分目に食べ、
間食を控えるようにしてから
食事の前
3~5時間は
必ず空腹を感じるように
なりました。

最初は
こんなに早い時間に
お腹が空いて
大丈夫かなと
心配になりました。

でも、
お腹が空いたと
感じるだけであって、
エネルギー不足になって
ふらふらする
ということはなくて。

やる気がなくなる
というのも
単なる
私の気持ちの問題でした。

そして、
お腹がなるのは
お腹が空いているから
ではなくて
お腹の掃除をしている証拠で
むしろ
今食べないで!のサイン
であることを
堀江さんの著書で知りました。

そこで、
私は、
この空腹というものを
しっかりと
味わうことにしました。


私は、
お腹が空いているけれど
体は、
喜んでいるんだ…と。

空腹の時間が
しっかりあることによって
食事の時間が
とても有り難く
大切な時間に
感じられるように
なりました。

そして、
丁寧に味わうことで
食べることの幸せ
感謝の気持ちが
自然と溢れてくるようになりました。

書道家の武田双雲さんが
著書の中で
ていねいは
ありがとうに気付く
スイッチ

とおっしゃっていて。
本当にその通りだなと
感じています。

きっと
体は
これまで
数え切れない程
たくさんのサインや
メッセージを
私に送ってくれていたに
違いなくて。

それを
私が
聴こうとしなかった
それだけなんだろうな
そんな風に
感じています。

さて、
この2週間での
分かりやすい変化と言えば
目覚めが
良くなったことでしょうか。

頭がスッキリしている
というか
冴えているというか。

それから
体重も少し減りました。

他には…
こんなこともありました。

以前読んだ
本のことが
急に気になり出して。

武田双雲さんの著書
『丁寧道』
『「ありがとう」の教科書』であったり
樺沢紫苑さんの著書
『THE THREE HAPPINESS
精神科医が見つけた3つの幸福』
であったり。

これらを
再読したんですね。

そしたら
不思議なもので
一度読んだはずなのに
まるで初めて読むかのような
衝撃や感動を受けて。

感謝とか
幸せとか
丁寧に生きるとか
そんなことを
これまで以上に
強く意識するように
なりました。

ある日のこと。

ドックン
ドックン

自分の心臓の音に
意識を向けていた私は、
突然
胸がいっぱいになって
涙が溢れそうになりました。

これまで
こんなにも
体を蔑ろに扱ってきたのに
心臓は
私を生かすために
今日まで
一日も休まずに
動き続けてくれた…。

何て有り難いんだろう…と。

実は
心臓への感謝の話は
色んな方から
直接あるいは
本や映像を通して
これまで
何度も聴いていたのです。

でも
この時初めて
心から
そう思えたのですね。

知識としてではなく
体感として。

体、心臓への感謝にはじまり、
何もしなくても
お金を払えば
食べものを手にし
食べることが出来ることの
有難さも
今更ながらに
しみじみと感じました。

そして
私の知らない
たくさんの誰かによって
今の私の生活が
成り立っているということも。

今まで
空腹を感じると
衝動的に
食べてしまっていたのは
もちろん
空腹を満たすためであり
同時にそれは
お金や物、心の空腹を
満たすためでも
あったのかもしれないと
そんなことも
思うようになりました。

足るを知る者は富む

考えてみれば
今の自分は
衣食住において
生きるのに困る
ということはなくて
ある意味
十分過ぎるほど
満たされているというのに
いつも
あれも足りない
これも足りないと
感じていました。

常に
何かしらの不足感があって
それを追い求める生活を
続けてきたのです。

でも、
それは
ある種の依存。

何かを手にした
その瞬間は
満たされても
次の瞬間には
まだあれがない
これもないと
まだ手にしていないものを
求めてしまう…。

もっともっとと
追い求めることに
終わりはないのですね。

ただ
そんな依存から離れ
今すぐに
幸せになれる方法はあって。

それこそが
今ここにある幸せに
気付くことなのだと。

今ここにある幸せ

何度も何度も
耳にしてきたこの言葉が
今更のように
深く深く
心に染みてきます。

満たされなかったのは
いつもいつも
お腹いっぱいでなければ…
もっとお金がなければ…
もっと若々しくいなければ…
もっと綺麗でいなければ…
あれがなけば
これがなければと
今ないものに目を向けて
もっともっとと
求めていたから。

まわりと比較して
落ち込んだり
もっと幸せになりたい
と求めたり…

本当は
今ここに幸せがある
というのに。

自分の内に
目を向けた時
そこにあったのは
私は生きている
ここに存在している
という奇跡でした。

そこには
誰かとの比較も
不足感も
自己否定もなくて。

私の心臓は
確かに動いていて
私は、
息をして
ここに存在している。

なんて有り難いのだろう…

でも
そう思った
次の瞬間には
心はまた
揺れ始めるのですから…。
困ったものです。

でも
そんな私に
もう一人の私が言いました。

大丈夫…

と同時に
私の中を
貫いている確かなものを
感じました。

誰かの幸せを
願いながら生きていく

こうして
生かされているこの命を
誰かの幸せのために。

たくさんの人の手によって
こうして
日々の食事が
いただけるように。

何者でもないこの私が
誰かの幸せを願いながら
したことは
たとえそれが
どんなに
ささやかなことであっても
きっと
誰かの喜びや幸せに
つながっていく…

そう思えた瞬間
心の揺れはおさまり、
幸せが
広がっていきました。

何かを
成し遂げる必要もなくて
何かを
手に入れる必要もなくて
誰かの幸せを願う…
ただその一つの思いが
私を生かす力となる…

そこが
私の帰る場所
私の原点…
今改めてそう思います。








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