「遠い家族」前田勝さんの本を読んで深く深く考えた(基本ネタバレだらけ)その2
前田さんは、今年40歳。彼の経験してきた様々な辛い経験に対して、
「かわいそう」
とか、
「お気の毒」
と言う気は毛頭ない。
ましてや。
「私も色々あったけれど、前田さんよりはまだまし」
とヘンな優越感の材料にする気も、全然ない。
そういうレベルの話でないのは、読み進めるほどに強くなっていく。ただ、純粋に私の経験と前田さんのそれが、どこが似ていてどこが違うのかは検討の余地があると思っている。そこにきっと、様々な経験をしてもなお明るく生きていけるヒントが隠されていると思うから。
前田さんは、よく泣いている。最初にお母さんと離れて暮らさなければならなくなった時。その後、実のお父さんと台湾で暮らしていたけれど、日本に行かなければならなくなった日。
そして、もちろん悲惨な事件が起こった時も。
韓国、台湾では、叔母さんやお祖父さんの家に預けられていた時期もあり、預かった方はうまく隠していたつもりかもしれないけれど、前田さんは自分が、
「邪魔者」
であることを、折々に感じて肩身の狭い思いをしていたそうだ。
たとえば。
叔母さんの実の子どもと食べ物で差をつけられたり。居場所がないだけでなく、そこにいてほしくない、と思われているのは本当に嫌なものだ。
私も保育ママの島谷さんの家に預けられていた小学生時代、なるべく気配を消そうと、トイレに行かず、飲み物も欲さず、ずっと固まっていたので、その気持ちは痛いほどに理解できる。
そんな状況でいたら、ふつう自分の感情を押し殺さないと生きてはいけないだろう。
泣いたり笑ったりといった喜怒哀楽に左右されると、よけいに生きづらくなるので、なるべく何も考えないようにする。
メンタルブロックのかかっている状況だと思う。
それなのに。
前田さんは、泣いてしまう。涙が、泉のように湧き出てしまう。
それほど耐えられない状況に、何度も遭遇してきた証拠だと思う。
こらえようったって、無理だ。せっかく大好きなお母さんと暮らせると思って日本に来たのに、家族で楽しく食事をしていたのは、最初の頃だけ。しだいに食事代と称して、お金がテーブルの上に乗っているという状況が続き、両親はいつも留守をするようになってしまった。
縁もゆかりもない日本で、孤独をつのらせ、夜な夜な母と義父の激しいケンカを聞かされるようになる。
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