輪廻の風 (19)


エンディは目を覚ました。

頭と胴体に包帯が巻かれており、右頬と顎には大きな絆創膏が貼られていた。

「痛えっ!」

カインに殴られた傷が痛み、思わず声を出した。

「気が付いたか?」

声のする方に目をやると、カインが足を組みながら椅子に座っていた。

「奴らは何とか懐柔した、この部屋でおとなしくしていればミルドニアまで乗せてってやるってよ。」

なかなか広くて綺麗な部屋だった。
いい匂いがするのでテーブルに目をやると、ステーキ丼が2つ置いてあった。
とても分厚くて美味しそうな肉だった。

「さっきここの女ボスが持ってきてくれたんだ、冷めないうちに食っちまおうぜ。ついでにお前のことも治療してくれてたから、後でちゃんと礼言っとけよ?」

エンディはしばらくポカーンとした後、ベッドを降り、真面目な顔つきでカインの前まで歩いて行った。

「なんだ?」

まさかまた殴りかかってくるのではないかと思い、カインは少し身構えた。
するとエンディは深々と頭を下げて大きな声で謝罪をした。

「ごめん!カイン!」

思いがけない展開に、カインはびっくりした。

「いきなり殴りかかってごめん!確かに人それぞれ、いろんな考え方や価値観があるよな。それを自分のちっぽけな物差しで測って相手を否定しちゃだめだよな、ましてや暴力振るなんて…オレが悪かった、許してくれ!」

お前は相変わらず、オレには無い強さを持っているな。それは記憶を失っても変わらないんだな。と、カインは心の中で呟いた。

器量の差を見せつけられた気がして、少し惨めな気持ちになった。

「…頭を上げてくれエンディ。おれもひどいこと言って悪かった。これからは発言には気をつけるよ。」

2人は仲直りの握手を交わし、すぐにステーキ丼にありつけた。

「それにしてもカイン、お前って強いんだな!おれが覚えてる限り、一対一で負けたのは初めてだよ!」
ニンニクと玉ねぎの風味のするソースがかかった分厚いステーキを頬張りながら、エンディは言った。予想以上のカインの強さに興奮している様子だった。

「いや、お前の方がよっぽど強いよ。」
真剣な表情でカインが言った。

「おいおい謙遜なんて、らしくねえじゃんっ!?」
エンディが茶化すようにそういうと、ジェシカが部屋に入ってきた。

「元気そうね、あなたがエンディね?もうすぐミルドニアにに着くわ。」

「え、こいつがカインの言ってた女ボス…?」
エンディは半信半疑だった。それもそのはず、自分と同い年くらいの少女が密猟団のリーダーでマフィアの一員だなんて、簡単に信じられるものではなかった。

「ボスじゃないわ。まあ一応、組織内ではナンバー3に位置づけられてるけどねっ。」
ジェシカが得意げにそう答えると、エンディの顔が少し曇った。

「なんでマフィアなんかになったんだ?マフィアって悪い奴らなのか?」

「善悪の区別なんて議論しても答えなんて永久に出ないわ。そういう世界線でしか生きれない人達もいる。あなたの目で見て判断することね。」

「うん、そうする!」

食い気味に答えるジャスミンとは対照的に、エンディは素直に答えた。

なんか調子狂うなこいつ、と言いたげな目でジェシカはエンディを見た。

「ところであなた達、もしかしてラーミアって子を探しにミルドニアを目指してるの?」

「そうなんだよ!何か知ってる?」

「悪いことは言わないからやめた方がいいよ。あそこは血に飢えた旧ドアルの亡霊がうじゃうじゃいるからね。あと死神も…。」

「死神?何だそれ?」
エンディは死神という単語に興味津々だった。

「おいちょっと待てよ。」
怪訝な目を向けて2人の会話を聞いていたカインが口火を切った。

「ジェシカ、何でお前がラーミアって女の事を知ってんだ?密漁のついでに武器の売買でミルドニアに向かってるお前らマフィアは、その件に関しては無関係だろ?」

「私はバレラルク王国最大のマフィア組織のナンバー3よ?それくらいの内部事情知ってて当然よ。」

「ナンバー3がコソコソ密猟ねえ…。」

「何が言いたいの?」
2人が険悪なムードになって、エンディは思わず焦ってしまった。

「まあまあその辺で。カインも、乗せてってもらってるんだからそんな言い方しなくても。ジェシカちゃん、治療してもらった上にこんな美味いもんまでごちそうしてくれてありがとね!」

エンディは申し訳なさそうに言った。

「そうだな、勘繰って悪かった。お前らの取引の邪魔はしないから安心してくれ。」

「別にぶち壊してもらっても構わないけどね、金脈なんていくらでも転がってるし。」

エンディはこの気まずい空気に耐え切れず、ふと窓から外を覗いた。

すると暗闇の中、巨大な岩が海面に浮いているのを見てギョッとした。

「なんだあれ、岩?」

「あら、思ったより早く着いたのね。あの岩の要塞に囲まれた土地がミルドニアよ。ここで出会ったのも何かの縁、協力はできないけどせめて見張りが手薄なルートくらいは教えてあげ……」

ジェシカがここまで言いかけた時、エンディは窓から飛び出してしまった。

「ここがミルドニアかぁ!今助けに行くぞラーミア!」

大声をだして岩の壁をよじ登っている。

そんな光景を見て絶句しているジェシカをよそに、カインまでもが窓から外に出て岩の壁に飛びついてしまった。

「おい待てエンディ!無闇に突っ走るな!」
カインはエンディを追いかけて岩の壁を大急ぎで登っている。

「ジェシカさん着きやした!あれ、あの2人は?」

男の1人がジェシカに遅めの報告をしに部屋にやってくると、エンディとカインがいないことに気付いて部屋をキョロキョロしている。

「知ーらないっ、私あんなバカな人達初めて見たわ。さあ、上陸の準備よ。」

ジェシカは心底呆れ果てた表情を浮かべていた。



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