見出し画像

『信州上田・塩田平のレイライン』- 文化庁認定のオカルト町おこし

偽史、フェイクロア、創られた伝統といった背景を持つ場所や存在を、現実と妄想が交差する「特異点」と捉え撮影する記事。今回は長野県上田市の『信州上田・塩田平のレイライン』を取り上げる。


『信州上田・塩田平のレイライン』とは

長野県上田市が発信している、地域の歴史・風土にまつわる説

『信州上田・塩田平のレイライン』とは、長野県上田市にある信濃国分寺、生島足島神社、別所温泉に至るまでが、一直線上に配置されているという説のこと。そしてその線は「レイライン」という、夏至と冬至に太陽が照らす光線上と一致するという。

夏至の日、生島足島神社の東側の参道を照らすように昇る。
神社から700mほど離れた場所にある大鳥居。夏至の日には鳥居の中央に朝日が昇る。

レイラインを構成するにあたって、各寺社にはそれぞれ役割がある。大日如来を安置する信濃国分寺は太陽。国土を御神体とする生島足島神社は大地。信州最古の温泉、別所温泉はそれらを内包する聖地である。これらを総合して、上田市は地域一帯を「太陽と大地の聖地」としている。

信濃国分寺の参道は太陽の軌道を同じだという。奥は本殿。
生島足島神社は日本列島の中央に鎮座している。
別府温泉街の眺望。

このレイラインや「太陽と大地の聖地」といった話の背景には、この地域ならではの気候が関係している。

少雨地域ならではの信仰が元となっている

長野県上田市は日本で最も雨の少ない地域。一方で、有数の穀倉地帯として盛んだったため、少ない水を確保するために池の築造や時に雨ごいを行うなど苦心していた。そのような環境下ゆえに、自然や神仏に雨や太陽の恵みを祈る信仰形態が継承されてきた。そうした背景があるために、寺社仏閣などがレイライン上に配置されているのではないかとされている。

辺りには広大な田んぼが広がっている。
独鈷山から流れる水を貯めている舌喰池。人柱になるはずの女性がその前晩、自身の不幸を嘆き舌を噛んで池に身を投げたという逸話が名前の由来だという。
毎年7月に別府温泉で行われる雨乞いの祭り「岳の幟行事」。ここはその終着地である別府神社の神楽殿。

だが、この「レイライン上に配置されている」という説は、あくまで学術的に基づいたものでない。というのも、そもそもレイライン自体が「説」として怪しいものだからだ。

レイラインとは

古代の遺跡や、古くからの由緒ある寺社、自然の山々などを地図上で結んだ際、その線が一直線、または意味ありげな形(五芒星とか)になるように建造、配置されているという仮説。1921年、アマチュア考古学者のアルフレッド・ワトキンスが提唱したもので、特に太陽の通り道と一致することが多いことから、太陽信仰と密接な繋がりがあるとされている。

日本でも富士山と出雲大社がそれにあたるなど、レイライン上に配置されたとされる対象は多い。だが、この仮説は学術的には信憑性のない疑似科学的でオカルト的なものとされている。なぜなら、レイラインという概念が、古代よりあったことを示す史料が見つかっていないからだ。そのため、配置の関連性についても歴史学・考古学的には解明できず推測の域をでない。またそういった状況のため、各地を結ぶ線は如何様にも解釈可能である点も、論争を引き起こしやすいことに起因している。

なお上田市のレイラインも同様に、構成する寺社などがレイラインを意識して建造・配置されたと示す史料はないと、市の教育委員会担当者は述べている(太陽と大地の聖地「信州上田 塩田平」デジタルパンフレット)。そのため、地域の寺社や信仰とレイラインの接点はあくまで推測・想像のものである。

ではなぜ、上田市はこのような眉唾とも言える説に地域の歴史を絡めた発信を行っているのか。そこには、文化庁による地域活性化事業が関係していた。

日本遺産に登録された上田市のレイライン

日本遺産とは

日本遺産とは、文化庁管轄の元、2015年に創設されたもの。有形無形問わず、地域の文化財や歴史的魅力の保存・整備を図るとともに、観光資源として積極的に国内外へ発信し、活用するための制度として運用されている。この点が世界遺産とは異なる。世界遺産は保護、日本遺産は地域活性化が目的である。

またこの制度の最大のポイントは、登録対象が世界遺産や文化財のように「点」ではないこと。日本遺産は、維持・継承されている文化財、伝承、風習などを一つにパッケージ化したストーリー(=面)として国内外に戦略的に発信することで、地域活性化を図ることを目的としている。そのため、登録のためのプレゼンテーションでは何より、点在する地域の文化・伝統を魅力あるストーリーにまとめ語る必要がある。

我が国の文化財や伝統文化を通じた地域の活性化を図るためには、その歴史的経緯や、地域の風土に根ざした世代を超えて受け継がれている伝承、風習などを踏まえたストーリーの下に有形・無形の文化財をパッケージ化し、これらの活用を図る中で、情報発信や人材育成・伝承、環境整備などの取組を効果的に進めていくことが必要です。
文化庁では、地域の歴史的魅力や特色を通じて我が国の文化・伝統を語るストーリーを「日本遺産(Japan Heritage)」として認定し、ストーリーを語る上で不可欠な魅力ある有形・無形の様々な文化財群を総合的に活用する取組を支援します。
世界遺産登録や文化財指定は、いずれも登録・指定される文化財(文化遺産)の価値付けを行い、保護を担保することを目的とするものです。一方で日本遺産は、既存の文化財の価値付けや保全のための新たな規制を図ることを目的としたものではなく、地域に点在する遺産を「面」として活用し、発信することで、地域活性化を図ることを目的としている点に違いがあります。

日本遺産ポータルサイト(アクセス日:2024年6月24日)

レイラインがつなぐ「太陽と大地の聖地」として登録される

こうして2020年6月に登録された長野県上田市の、レイラインがつなぐ「太陽と大地の聖地」

町の各地にこのような看板がある。
寺社等の入り口にはのぼりも掲げられている。

述べた通り、日本遺産ではあくまでストーリーが重要となる。ここで上田市はストーリー上の主要な寺社以外に、地域に多数ある寺社や文化財、土着の信仰とレイラインを結び付け、大きく肉付けすることで、文化庁認定というお墨付きを得た。

以下の写真は、ストーリーを形作る構成文化財の一部。

信濃国分寺にある三重塔(重要文化財)。第一層に大日如来が安置されている。上田市はここをレイラインの発着点を示す象徴としている。
前山寺にある三重塔(重要文化財)。この寺院も本尊は大日如来である。
別府温泉にある北向観音堂。その名の通り、全国でも珍しい北向きの本堂。
天台宗の別所三楽寺のひとつ、安楽寺にある八角三重塔(国宝)。大日如来像が安置されている。
別所三楽寺のひとつ常楽寺。「信州の学海」を支えた寺院として名高い。
常楽寺にある石造多宝塔(重要文化財)。大日如来を具現化したものとされ、市はここをレイラインの終着地ではないかとしている。
常楽寺の境内で最も神聖な場所とされている。
別所神社の入口。
別所神社本殿。塩田平の産土神であり、「岳の幟行事」の終着地。

そのほかにも多くの地が構成文化財となっている。

かなり練られた設定だが、そのストーリー構成にあたって重要な役割を担ったのが、聖地研究家の内田一成氏である。

聖地研究家によるコンサルティング

2020年11月11日のハーバービジネスオンラインにて、上田市のレイラインについて担当者に取材した記事がある。

取材者の昼間たかし氏は、レイラインの裏付けを市に問い合わせた。そこで担当者は、「別所温泉のサイト」とそのサイトに登場する内田一成氏という聖地研究家の主張を元にしたと述べた。

内田氏は「レイラインハンティング」と称し、日本各地の寺社仏閣や遺跡の配置や向きを、GPSによる測量や地質学データ、神話や地域の伝承を参照しながらレイラインの探求・調査を行っている。そして解明した「聖地」を、観光資源として活用する提案を自治体等に行っている。

この内田氏が別所温泉の観光誘致策に、調査・コンサルティングとして携わった。そして当地を、レイラインに基づく『太陽と大地の聖地温泉』として発信した。これがベースとなり、今回の日本遺産のストーリーにまで発展したという。またその他にも、地元の高校教師による独自研究の資料などを参考にしたという(太陽と大地の聖地「信州上田 塩田平」デジタルパンフレット)。

なおこの「レイラインハンティング」も、歴史学や考古学といった観点からの裏付けとは異なり、あくまで「一つの持論」であるため、それを行政・自治体が参照、認定したとあって、上田市には問い合わせが寄せられたという。

一通り説明を聞いたあと、上田市の担当者に改めて尋ねた。
「つまり、歴史史料はなにもないのですね?」
「……はい」
ようやく根拠などなにもないことを認めた担当者だが、必死にこうつけくわえた。
「たしかにこれまでも、おしかりは頂いています。ですので、これから補充の調査を行う予定なんです……」

ハーバービジネスオンライン『オカルト歴史が「日本遺産」に!? 全国に広がる「偽史」町おこし』2020年11月11日

「創造された地域史」というグレーゾーン

上田市が創造した、レイラインを絡めた地域史は日本遺産がもつある種のグレーゾーンをついたかたちなのかもしれない。なぜなら、あくまで地域の魅力を発信するためのストーリーが登録対象であり、レイライン自体は重要とはいえ、その構成材料のひとつでしかないからだ。これは即ちストーリーが良ければ、史実とは異なったり、オカルト的な要素を含んでも問題ないということの一例でもある。

だが一方で、それらしく語られるストーリーと「文化庁認定」が持つ説得力によって、正しい町の歴史と認識する人も出てくるだろう。
青森県で発見された『東日流外三郡誌』や、近畿一円に数百点もの数が流布している『椿井文書』。どちらも偽書とされながらも、市の教育委員会などが史料として活用したことで(中には現在も)、地域史とは言え日本の歴史に歪みが生じた事件がある。これらは極端なケースだが、上田市のレイラインもその観点では同じ系譜ともいえるのかもしれない。

終わりに

神々しい光とその通り道に、冷静な眼差しを向け享受する神秘

かつては「信州の学海」と称されたほど、この地域には多くの僧侶が訪れたという。それは一帯の寺社や文化財の多さから十分伺える。そしてのどかな別府温泉街。これらだけでも一見、観光地として十分成立しているような気がする。

しかしコロナ禍以降激化するツーリズムを鑑みると、特に地方はこうした政策によって、現状を超えるような差別化を図り誘致することが重要なのかもしれない。そして地元住民には、少子高齢化で年々語り継いでいくことが難しい地元の歴史と文化に、関心を持ってもらうための一助という側面もあるのだろう。

どこも古い由緒やパワースポットとして名高い寺社が多い。一方で参拝客・観光客は多くないため穏やかな時間が過ごせる。
別府温泉街と日本遺産ののぼり。外国人はおろか日本人の観光客も見かけることは少ないため、今ならまだ穴場といえる。

一番はレイラインが史実であることを示す証拠が見つかることだろう。しかしそれが難しい現在は、太陽が魅せる神々しい光線とその通り道、そして神秘的なストーリーに、冷静な眼差しを向けつつ楽しむという受け手側のリテラシーが試されている。そういう意味では確かに、今も「学海」と言える場なのかもしれない。

生島足島神社の大鳥居からの参道を照らす太陽。


いいなと思ったら応援しよう!