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2022年8月に読んだ本

過去一遅くなった。もう10月じゃん。

1 岡田悠『0メートルの旅』★★★★★

今月からどこで買ったか書くのやめる。たぶんその情報いらない。
先月読んだ『10年間飲みかけの午後の紅茶に別れを告げたい』が面白かったので取り寄せた。最初は普通に旅行記なのだけどだんだん距離が近づいてきてお出かけが散歩になり最後は部屋から出ない。野生のペンギンはめちゃくちゃ臭いので南極旅行ではカイロよりファブリーズの方が役立つとか、南アフリカでは強盗に襲われるので赤信号でも止まってはいけないとか、そういういかにも海外旅行っぽい話は当然面白いが、東京都内の駅で最も検索されていない場所に行ってみるとか、3年間にわたる寿司屋のクーポンの規則性を王朝に例えてまとめてみるとか、私だったらまずしない、ブロガーっぽいというか、Youtuberっぽい行動原理で動く作者の話も、文章が上手いので面白く読める。

2 J.D.サリンジャー『彼女の思い出/逆さまの森』金原瑞人訳 ★★★★★

サリンジャーの初期の短編集。改めてサリンジャーは面白い。唯一無二の語りだと思う。上手い。上手すぎるとすら言えるかもしれない。没後に発見された未発表作品がこれから出版されるらしいのでそれも楽しみ。もっと読みたい、もっと読ませろ。

3 木下古栗『いい女VSいい女』★★★★☆

木下古栗の2作目をやっと読めた。1作目の『ポジティブシンキングの末裔』はまだ古栗が古栗になりきっていない感じがあるが、本作は現在の古栗にも通ずる原型がかなりできてきていると思う。表題作は私が古栗作品の中で一番好きな「オナニーサンダーバード藤沢」の要素が随所に垣間見られて、ファンとしては満足だった。古栗はエロを過剰な細密さで描写し尽くすことによって暗喩的な余白を追放し意味を解体する。それはただの記号・物体・現象でしかなくなる。彼はそういうことをしようとしているのではないか。しかし終わり方は本当にひどい。時間返せ!と本をぶん投げたくなるようなナンセンスさ。これが木下古栗だ。

4 柞刈湯葉『まず牛を球とします。』★★★★☆

SFの短編集。1篇1篇が短いので読みやすいが、設定がしっかりしているのでどの短編も記憶に残っている。特別上手いわけじゃないけど決して悪くない。

5 帷子耀.『詩的●▲』★★★☆☆

私も寄稿している詩誌。通して読んでみた。
私の作品含め全体的に怪文書が多い。気になる作品はいくつかあったのだけど正直全体的に華に欠けるかなと思った。

6 岡田利規『ブロッコリー・レボリューション』★★★☆☆

タイトルが気になったので読んでみた。正直思ったほど面白くはない。ただ何とも名状しづらいもやもやっとした思いみたいなものを人物との相関の中で描いていくのは上手いと感じた。ある社会問題に対して敏感な人と鈍感な人がタイミング悪く同じ場所に居合わせると鈍感な人が鈍感だというだけで圧倒的加害者みたいになるあのいたたまれなさとか、熱情によって惹かれ合ったわけではない二人の日常における些細な価値観の相違と、それに伴い生じる生活の変化は続けることが目的のラリーのように互いが打ち返すたび微修正されていく軌道のようだとか、そういう描写。正直どうしてこれをわざわざ書きたいと思ったのか分からない場面が多い。

7 竹内康浩・朴舜起『謎ときサリンジャー 「自殺」したのは誰なのか』★★★★★

げ、これ面白いね。気になっていたのに後回しにしていた。
ちょっとネタバレになってしまうけど、「バナナフィッシュにうってつけの日」で自殺するのは普通に読めばシーモアである。でもこの論考では自殺するのはシーモアであり、同時にバディでもあるという。それだけ聞くとは?って感じだと思うけど、気になる人は読んでみてほしい。唸りまくってしまう緻密な読みに脱帽。と同時にサリンジャーという作家の底知れなさを改めて感じさせてくれる。良著。すげえ。

8 鳥飼茜『サターンリターン7』★★★★★

どんどん面白くなる。コミカルさとシリアルさのバランスが過去一よい。私は秋葉先生みたいな独身貴族のエキセントリック天才ババアになりたい。まあなれないのだけど。

9 松本圭二『老犬 その他の詩』★★★★★

松本圭二の新詩集。癌になったらしい。しかも最近Twitter始めててウケてる。

「泥だらけ」と「傷だらけ」なら
痛くないぶん「泥だらけ」の方がマシに思える
ニンゲンなんてその程度の生き物だろう
だがこれが精神の話ならどうだ
「泥だらけの精神」と「傷だらけの精神」
おまえならどちらを選ぶ?
「エルモ」

松本圭二の詩は「これはわざわざ詩に書くものかね?」という内容が多いがこれもそう。けど妙に刺さってしまった。こういうツイートだったら一桁台のいいねがつくだけで流れてなくなる言葉をわざわざ紙に刷って残すことにもそれなりの意味があるように思えてくる。詩集の最後はこうだ。

マスクごしのため息なんて
最低だよ
最低だ
「ある映像作家の詩」

たしかにまったく、最低だと思う。

10 胃下舌ミィ『僕の心がチューと鳴く』★★★☆☆

義父が猫に、自分が鼠になるというシュールでカオスな設定の漫画。しかし義父と「トムとジェリー」みたいな話が繰り広げられるわけではない。ざっくり言って「生きづらさ」をデフォルメしてエンターテインメント化した作品。とにかくシュールなんだけどほっこり感もあり、新しい読後感。

11 島口大樹『遠い指先が触れて』★★★★★

3作目か。このレベルの小説をコンスタントに発表できるのはすごい。前作『オン・ザ・プラネット』は私にはリア充すぎたのでこれくらい暗い方が好きだ。
本作は一人称小説なのだけど語り手が二人いて気付いたらもう一方の語り手に移っているという、この技巧を完全に使いこなせているかというとそこまでではないものの、面白い試みだと思うしある程度効果的だったと思う。この物語のテーマである「記憶」は、私にとっても人生の大きなテーマの一つなので非常に考えさせられるものがあった。自分はどこからやってきてどこへ行くのか、それは人が素朴に思うより自分のアイデンティティと深く結びついているものなのかもしれない。私も今実は自分の両親は生物学的な親ではないとか言われたらかなり動揺すると思う。今更そこがどうであっても自分はすでに自分で変わりようがないと思うような遠い過去の出来事であっても、そんなに簡単に割り切れない場合があると思う。記憶というのはもう終わった過去の事実ではなく、刻一刻と今によって変容していくとかく不安定なものなのだ。


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