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「辰」をいろいろな辞書で調べていたら意外な言葉に巡り合った件——前編:中国古典字書への招待


はじめに

2024年は辰年である。辰年と書いて「たつどし」と読む。よく知られた十二支の話では、りゅう(あえてひらがな表記)ということになっている。しかし、「たつ」という読みの動物で連想する漢字は「龍(竜)」だろう。「辰」が龍と結びついた理由は何か。そこで辞書で「辰」を調べてみた。

この前編では、主に昔の中国で編纂された字書を扱う。後編では現代の辞典の説明を中心に、「辰」を含む熟語を1つ取り上げる。

『説文解字』

まずは現存する最古の漢字字典とされる『説文解字せつもんかいじ』を取り上げよう。といっても『説文解字』だけで本が1冊書けてしまうので(阿辻2013など)、概要だけ紹介する。

編者は許慎という人である。成立は100年とする説と121年とする説があるが、いずれにせよ後漢の半ばにはできていたことになる。よりイメージしやすい(?)時代を基準に言い換えると、三国時代(220年〜)のおよそ100年前ということだ。

『説文解字』で許慎は現代にも通じる発明をした。1つは全ての漢字の成り立ちを、「象形・指示・介意・形声」の4種類に分類した点である。もう1つは部首によって分類した点である。ただし、その数は540におよび、現代の分類と異なっていることも多い。

本稿のテーマである「辰」を例に説明するが、「辰」はそれ自身が部首なのであまり良い例ではないかもしれないことをお断りしておく。

「辰」は7画だから同じ画数の「言」や「辛」の近くにあるかと思いきや、十二支の「子」から「亥」は最後の巻にまとめられているのである。これは「一」から始まって「亥」に至り、そしてまた「一」に戻るという循環を表している(阿辻2013)。

実際の記述を見てみよう。

震也。三月,陽气動,靁電振,民農時也。物皆生,从乙、匕,象芒達;厂,聲也。辰,房星,天時也。从二,二,古文上字。凡辰之屬皆从辰。

説文解字線上查詢

分かる単語が部分的にありながらも、白文を読むことは難しい。白川静先生を頼ることにしよう。

震ふなり。三月、昜(=陽)气動き、靁電らいでん振ふ。民の農の時なり。物皆生ず。乙匕に从ふ。匕はぼうの達するに象る。かんの聲なり。辰は房星なり。天の時也。二に从ふ。二は古文の上字なり。凡そ辰の屬は、皆辰に从ふ。
*辰は貝が足をあらわして動く形。

白川静『文字講話Ⅰ』p.178

「象る」は「かたどる」と読み、直後の「聲なり」と合わせて形声文字であることを表す。「从ふ」は「したが」と読む。

別の読み方をする説もある。

しんなり。三月に昜(=陽)の气動き、靁電らいでん振えば、民の農時なり、物皆な生ず。…(中略)…二に从ふ。二は古文の上の字なり、

阿辻哲次『新装版 漢字学—「説文解字」の世界』p.238

三省堂の『全訳 漢辞海』には日本語訳が載っていた。

震う。三月に陽気が動きはじめ、雷が震動するのは、民が農作業をする時節である。万物がみな生じるときなので、「乙(=草が屈曲しながら地上に出るさま)」「匕(=変化)」から構成される。草がまっすぐに達する意にかたどり、「厂」が音。「辰」は〔二十八宿しゅうの〕房星で、〔農耕する〕天の時節を示す。「二」から構成され、「二」は古文の「上」字である。

『全訳 漢辞海』第四版 p.1422

1815年、清の段玉裁によって注釈が添えられた。

震也。三月昜气動。靁電振。民農時也。物皆生。震振古通用。振、奮也。律書曰。辰者、言萬物之蜄也。律曆志曰。振美於辰。釋名曰。辰、伸也。物皆伸舒而出也。季春之月。生氣方盛。陽氣發泄。句者畢出。萌者盡達。二月靁發聲。始電至。三月而大振動。豳風曰。四之日舉止。故曰民農時。从乙匕。匕呼跨切。變也。此合二字會意。乙象春艸木冤曲而出。陰氣尙強。其山乙乙。至是月陽氣大盛。乙乙難出者始變化矣。匕象芒達。匕字依韵會補。芒達、芒者盡達也。厂聲。鉉等疑厂呼旱切、非聲。按厂之古音不可攷。文䰟與元寒音轉亦冣近也。今植鄰切。古音在十三部。辰、房星。天時也。此將言从二。先說其故也。晶部曟字下曰。房星、爲民田時者。从晶、辰聲。或省作晨。此房星之字也。而此云辰、房星。辱下云。房星爲辰。田候*也。則字亦作辰。爾雅房心尾爲大辰是也。韋注周語曰。農祥、房星也。房星晨正、爲農事所瞻仰。故曰天時。引申之、凡時皆曰辰。釋訓云。不辰、不時也。房星高高在上。故从上。从二。二、古文上字。凡辰之屬皆从辰。

説文解字注データ(漢字データベース計画)

引用者注
太字は『說文解字』のテキスト、それ以外は『說文解字注』で加えられた箇所。
*「|(縦棒)」を「イ」に置き換えた漢字。

この項の最後に部首の違いを1点だけ挙げよう。『説文解字』では「農(旧字:䢅・䢉)」は「䢅部」に入れられている。現代の漢和辞典では「辰部」である。

『爾雅』

爾雅じが』は中国最古の類語辞典である。全19巻からなり、最初の3巻、「釋詁」・「釋言」・「釋訓」は同義語の分類、残り「釋親」・「釋宮」・「釋器」・「釋樂」・「釋天」・「釋地」・「釋丘」・「釋山」・「釋水」・「釋草」・「釋木」・「釋蟲」・「釋魚」・「釋鳥」・「釋獸」・「釋畜」は語釈を記している。

データベースで「辰」を検索すると、「釋訓」と「釋天」の中に記述があることがわかった。

不辰,不時也。

釋訓

ここから、辰という字が時を表すことがわかる。

大歲在寅曰攝提格,在卯曰單閼,在辰曰執徐,在巳曰大荒落,在午曰敦牂,在未曰協洽,在申曰涒灘,在酉曰作噩,在戌曰閹茂,在亥曰大淵獻,在子曰困敦。在丑曰赤奮若。

釋天

十二支の異名が並べられている。辰は「執徐しつじょ」とも言うらしい。

大辰,房心尾也。

大火謂之大辰。

「大辰」はさそり座を指す。

北極謂之北辰。

北極を指して北辰ということが述べられている。

『康熙字典』

康熙とは清の康熙帝のことであり、『康熙字典』はその名の通り康熙帝が作らせた字典ということである。成立は1716年。日本では江戸時代、徳川吉宗が8代将軍に就任した年である。

『説文解字』で発明された部首を整理し、現代の辞典に近い形に並べ替えた。

実際に「辰」の説明を見てみよう。

 〔古文〕辰¹辰²辰³【唐韻】植鄰切【集韻】【韻會】【正韻】丞眞切,?⁴音晨。【說文】辰,震也。三月陽氣動,雷⁵電振,民農時也。【釋名】辰,伸也。物皆伸舒而出也。 又時也。【書·臯陶謨】撫于五辰。【註】謂五行之時也。 又日也。【左傳·成九年】浹辰之閒。【註】自子至亥,十二日也。 又歲名。【爾雅·釋天】太歲在辰曰執徐。 又三辰,日月星也。【左傳·桓二年】三辰旂旗。【疏】日照晝,月照夜,星運行于天,昏明遞匝,民得取其時節,故三者皆爲辰也。 又日月合宿謂之辰。【書·堯典】曆象,日月星辰。【註】辰,日月所交會之地也。 又北辰,天樞也。【爾雅·釋天】北極謂之北辰。【註】北極,天之中,以正四時。 又大辰,星名。【春秋·昭十七年】有星孛于大辰。【公羊傳】大辰者何,大火也。大火爲大辰,伐爲大辰,北辰亦爲大辰。【註】大火謂心星,伐爲參星。大火與伐所以示民時之早晚,天下所取正。北辰,北極天之中也,故皆謂之大辰。 又【爾雅·釋訓】不辰,不時也。【詩·大雅】我生不辰。又【小雅】我辰安在。 又叢辰,術家名。【史記·日者傳·叢辰註】猶今之以五行生尅擇日也。 又【韻會】州名。古沅陵郡,隋置辰州,以辰溪名。 又叶時連切,音禪。【韓愈詩】吾懸日與月,吾繫星與辰。叶先韻。

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¹がんだれ(厂)に「巫」のような文字。
²がんだれ(厂)に「互」に似た文字。
³がんだれ(厂)に「衣」に似た文字。(トップの画像にも載せている)
⁴横に2つ並べた「大」の下に「一」。
⁵原文では「靁」。

何やら色々書いてはいるが、見覚えのある箇所がある。そう「説文」、そして「爾雅」から始まる部分だ。これまでに作られた字書・辞典、いわば先行文献の記述を並べて注釈をつけているのである。

ここまでのまとめ

本稿では『説文解字』、『爾雅』、『康熙字典』における「辰」の記述を見てきた。現代とは部首が異なっている字もあるが、デジタルのデータベースは検索を容易にしてくれる。見つけられたとしても、当然ながら全て白文のためノーヒントで読むことはままならない。『説文解字』については解説書が出版されているので、興味のある字から調べてみてはどうだろうか。

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