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#14 技術部配属初日 〜不安な先行き〜

総務部人事課の田代さんに連れられ、技術部のあるオフィスフロアへと足を踏み入れる。

その広いフロアには、長手のデスクが整然と並べられ、始業時刻の前だというのに既に多くの人が各自のパソコンに向って何やら作業を始めている。

キーボードを叩く音が空間に鳴り響く。

その空間の静けさとキーボードの喧騒が無機質な圧力となって、僕の身体に伝わる。

反射的に気圧されないように努める。

しかしそれが逆に、不安で萎縮しそうな自分の証明になっていると気づき、余計に緊張を助長していく。

田代さんは迷いなく、デスクの間を縫って歩いていく。

後ろを付いて歩きながら、フロア全体からの意識が僕に集中している様な感覚を覚える。

僕に集まる漠然とした意識に向って、軽く頭を下げながら足を進める。

人事担当と新入社員が揃ってこのフロアに登場するのは、日常では無いため、異質の存在として際立つのだろう。

そんな事を考えているうちに田代さんが歩みを止めた。

そこには他のデスクとは異なり、ひときわ広く構えられた1人用のデスクがあった。

いわゆる偉い人用のデスクだとすぐにわかる。

そこには、悠然と腰掛ける技術部長の野中さんがいた。

「すみません、野中さん!おはようございます。」

田代さんは少し下手に出るように野中さんに声をかける。

「あ、はい!おはようございます。」

野中さんはすっと立ち上がり、優しい笑顔で応えた。

今日から澤村君、技術部に配属になりましたのでよろしくお願いします。」

野中さんは穏やかな雰囲気で応える。

「はーい!待ってましたよー」

野中さんが僕のはっちゃけ過ぎた自己紹介プレゼンを聞いていたことは分かっていた。

そのため、なにか言われるかと構えていたが、野中さんは必要以上のことは語らず、野中さんのデスクの隣にある、小さな打合せスペースで定時になるのを待つように指示される。

田代さんは僕を無事に引き渡すとさっさと帰っいった。

仕切の無い打合せスペースで定時を待つわずかな間、野中さんが僕に話し掛ける様子はない。

時折、周囲からの視線を感じるも、誰とも目が合うこと無く、疎外感を感じ、さらに不安になっていく自分の精神状態を認識する。

しかし、そもそもお堅い会社の技術部なんてもんは、口下手で社交的でない人間の集合体で形成され、地味で淡白な組織であるとイメージしていた。

これはある意味、想定内だと言い聞かせ、気持ちを落ち着かせる。

そして、ついに、始業時間を知らせるチャイムが鳴った。

その音に反応し、心臓が一気に強く脈を打ち始める

(ついに……この時が来た……)

ついに僕の技術部配属初日が始まる。

チャイムが鳴り終えると野中さんはおもむろに立ち上がり、大きな声で話し出す。

「皆さん!少し集まってくださーい!」

その声に反応し、広いフロアに各々散らばって座っていた人が立ち上がり、ぞろぞろと野中さんと僕の周りに集まってくる。

「今日から我々の技術部に配属になりました新入社員の澤村君です。じゃ澤村君一言!」

ここでの一言を求められることは想定していた。

「はい!本日より技術部に配属になりました澤村晃河と申します。初めてのことばかりで至らない点が多々あるかもしれませんが、1日でも早く皆さんのお役にたてるよう頑張りたいと思いますので、よろしくお願いします!!」

事前に考えてきただけあって、典型的な挨拶を卒無く繰り出す。

すると、技術部の群衆から疎らで簡素な拍手が送られる。

自己紹介プレゼンに来ていた人の顔がいくつもあったが、あの時の盛り上がりが無かったかのように、節度のある態度だったことに微かに寂しさを覚える。

(こ、この切り替えが社会人か……)

「はい!ありがとうございました。えー澤村君は桐ヶ谷さんの構造グループになりますので皆さん仲良くしてあげて下さい!」

以前、新人研修中に先輩の安武さんから構造系のグループへの配属が決まっていると聞いていたので、前情報通りの配属に一先ず、安心する。

「はい!じゃー、仕事に戻って下さい。」

ダラダラと集団が散らばっていく。

「じゃぁー、澤村君!カバン持って、ちょっと付いてきて下さい。桐ヶ谷さんを紹介します。」

そう言って、野中さんは歩き出す。

その間にキリガヤという音の印象から、身勝手な人物像の妄想が始まる。

(キリガヤ……なんか……強そうな名前だ………キリが鋭い感じだ……ガヤは屈強な感じで、キリの鋭さを強調してる……絶対厳しそうな人だ………)

そして、野中さんはある席の付近で足止めた。

「こちらが桐ヶ谷さんです。」

野中さんが手の平で指す人に目をやる。

(さー来い!キリ!!ガヤ!!)

野中部長の紹介に反応した男性がこちらを向き直し、立ち上がる。

そして、僕の勝手な妄想が故に呆気に取られた。

(あー……えー………へー………なるほどー………けっこう……お年を召された方だ……)

桐ヶ谷さんの髪は白髪が大部分を締めており、人相を含む雰囲気としては、おじさんと言うより、おじいさんのほうがしっくりくる。

そして、その容姿と表情からは、厳しさはおろか、鋭さも、屈強さも無く、優しそうな印象を受け、素直に安心した。

(キリガヤなのに、けっこう優しそうだ……)

人の苗字だけで人物像を想像した自分が滑稽に思えた。

野中さんは紹介を続けている。

「それと桐ヶ谷さんの部下の冨樫君!」

桐ヶ谷さんの隣の男性がすっと立ち上がり、素早く野中さんに一礼し、僕に目線と体の正面を向けてくる。

その所作や表情から実直で正義感のある印象を受ける。

(あー……これは……すごいちゃんとしてそうな人だ……)

冨樫さんからは、内面の実直な性格が溢れ出ていた。 

ちゃんした先輩の雰囲気に好感を持ちつつも、同時に、真面目過ぎて、細かい人への苦手意識から、微かに不安も感じる

歳は20代後半くらいだろうか。

「じゃぁ後は頼んでいいかな?」

そう言って、野中さんは自席へと戻っていった。

すかさず冨樫さんが口を開く。

「じゃー早速だけど、会議室とってあるからちょっとそこで話しましょうか!」

言われるがまま、二人に着いていき、会議室に通される。

席につくと、ゆったりとした間で桐ヶ谷さんが話し始める。

「じゃー改めて、自己紹介からいきますか?」

見た目に相応しく、力無く微かに震えた声だ。

老声とでも言うのだろうか。

とは言え、桐ヶ谷さんの表情と声色は優しく、僕を歓迎しようと努めてくれていると感じる。

「そうですね!じゃ桐ヶ谷さんからお願いします!」

冨樫さんはテキパキと場を仕切っていく。

「えー、キリガヤです。」

「トガシです!」

「あ、サワムラです。」

「……」

「……」

「……」

(名前だけかい!!)

あまりに一瞬で終わった自己紹介に冨樫さんが機転を利かせる。

「えーっと、僕は28歳です。」

(あーやっぱそんくらいか)

「でー、あれ?桐ヶ谷さん今おいくつでしたっけ?」

「今年……52」

(意外と年齢若い!)

冨樫さんが続ける。

「ちなみに!僕は出向で今この会社に来ていて、もうすぐ2年になります。」

(……ん?……出向??)

いきなり聞き慣れない言葉によく理解は出来なかったが、とりあえず、違う会社から来ている人だと理解した。

「あ、そうなん……ですね!」

僕が理解してないことを察してか、桐ヶ谷さんが補足する。

「うちはグループ会社多いから、まれに、人材の交流があるんだよ。所属は元の会社のままで、他の会社で仕事することが出向ね」

グループ全体での新入社員研修でグループ会社の多さは理解していた。

しかし、人材が会社をまたいで仕事をする仕組みがあることをこの時初めて知った。

「へー、あ、そうなんですね!」
 
そして、桐ヶ谷さんが続ける。

冨樫君が澤村君の教育係になるから

その言葉に反応したように、冨樫さんはもともとピシッと伸びていた背筋をもう1段階伸ばし、教育係としての責任や指導へのやる気がオーラのようなゆらぎとなって、真っ直ぐな瞳とともに僕に向けてきた。

(す、す、すごい圧だ………)

「あ、よ、よろしくお願いします!」

そして、冨樫さんから具体的な業務の説明が始まる。

「じゃー早速ですが、業務の説明していきます!」

いよいよ自分がどんな仕事をするのかを知ることに緊張感が走る。

(きたぁー……)

しかし、次の瞬間、物凄い勢いで不安に苛まれる感覚を覚えた。

(あれ、ちょっと待った……)

そこで気付いてしまったのだ。

業務説明を受ける時になって、自分がどんな仕事をするのか皆目見当もついていないことに。

(やばい……まったく何するか想像ついてない!!)

入社前の会社説明を聞いても、入社後の技術部教育を聞いても全くどんな仕事をするのかイメージが全く湧いていなかった。

漠然と「メーカー」という業態と「ものづくり」というキーワードに覆われて、結局、何も見えていない。

そう気づいた瞬間、冨樫さんの口から何が伝えられるのか、無性に恐くなり、血の気が引いていく。

冨樫さんはハキハキと技術部の中の組織編成から丁寧に説明をしている。

その間、自分の関わる仕事として重要な情報を聞き逃すまいと傾聴しながら、思考は止めどなく駆け巡る。

(一言にものづくりと言っても色々あるぞ……)

設計か?いや、製造組立もあるか……)

(待てよ、工場勤務とかもあるのか?) 

(いや…それはちょっと嫌だなー)

(でも……設計なんてオレにできるのか?)

(それこそ、機械工学とか専門的にやってきてないし、設計は無理だろ……)

狭い知識と限られた情報の中で空虚な疑問が巡っていく。

そうこうしているうちに話の文脈からそろそろ肝心なところに差し掛かることを察する。

(来る……設計か?…製造か?)

そして、その答えがいよいよ冨樫さんの口から告げられる。

「うちの会社は、工場はないし、構造設計をする業務はありません!

(…)

(………)

(……………)

(……………は?

一瞬、時が止まった。

そして、それは違うと気づく。

止まっているのは自分の思考だ。

そして、次の瞬間、完全に想定外の展開に頭が混乱し始める

混乱する頭が血液を求めたせいか、はたまた、単に恐れているのか定かでは無いが、自分の心臓が強く脈打ち、全身に勢い良く血流を送り始める。


つづく


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