【短編は長編より難しい?】短編に必要な5つの要素とは(2014年6月号特集)
※本記事は2014年6月号の川又千秋先生のインタビュー記事を再掲載したものです。
短編に必要な条件
――長編と短編は、長さ以外では何が違いますか。
基本的な構造は同じだと思うのですね。
ただ、長編の場合は、大アイデア、中アイデア、小アイデアと、ピラミッド型になっていて、短編の場合はそんなにたくさんのことは書けませんから、核になるアイデアを一個選んで書くんですね。
――何を核とすればいいでしょうか。
自分が本当に書きたいのは何だろうと考えてみるといいんじゃないかと思います。この小説を書くことで何を実現したいんだろう、何を表現したいんだろうと考えてみると、意外と余計なものが混ざりこんでいるのを発見できます。それをそぎ落として、残したものを軸におく。
――短編に必要な条件は?
「トリック」「ロジック」「レトリック」と言っているのですが、トリックというのは、広い意味での騙しのアイデアです。
ロジックは、話の辻褄が合っているかどうか。レトリックは修辞。表現力です。
――韻を踏んでいて面白いですね。
「トリック」「ロジック」「レトリック」には前後がつく。前は「フック」。つまり、ひっかける。タイトルと最初の一行目か二行目ぐらいで読者を引っ張り込むフックが必要です。
小説に限らず、書き出しには「!」か「?」が必要です。「!」は、「面白そうだから読もうじゃないか!」というフックですね。「?」は、「どうして?」と謎で引っ張っていく方法です。
あとにつくのは(すべて語尾が「ク」であるという語呂合わせから)「お得」。
読み終わって、読者は何か「お得」を得たか。知識でも感動でもいいんですが、小説には「お得」が必要です。
――それは小説全般に重要ですね。ほかにはどんな条件がありますか。
一つは、共感性。これは着眼に近いんですが、多くの人が共感する題材に着目して書くことが重要です。
それともう一つが、喚起性です。読者の中で化学反応が起きて、何かが呼び覚まされるような書き方が、面白い小説の書き方じゃないかと思いますね。
書きたいところから書く
――構成法についてお聞きしたいと思いますが、短編でも起承転結は考えたほうがいいですか。
起承転結は漢詩の絶句のルールですから、関係ないんです。起承転結で書いてある小説なんかない、嘘だと思うなら分析してみろと言っています。説明しやすいので起承転結という言葉を使っているのですが、危険だと思うんですね。学校教育で起承転結を教えたため、高校生が書く小論文がみんな同じ構成になっていると聞いたことがあります。
――書き慣れるまではなんらかの方法論が必要のように思いますが、短編を書くいい構成法はありますか。
劇作の方法で、「重要な、盛り上がっているところから書け」というのがあるんです。「桃太郎」なら、一番最初に鬼がわっといて、桃太郎が攻めてくる。そこから書き出しておいて、そのあと、時間を巻き戻す。自分が一番書きたいところをとりあえず書いてしまうわけです。
――面白いですね。でも書き慣れない人は混乱するかもしれませんね。
そうやると、困る人もいると思います。もうこのあと書くことがない、どうやって始末したらいいかと。しかし、困ることで逆にトリッキーな表現がでてくるんじゃないかと思いますね。
――今おっしゃられた劇作法はミステリーで言う倒叙に近いですが、ほかに叙述の方法はありますか。
時系列と倒叙以外にもう一つということではありませんが、短編作家ではサキが大好きでして、サキは148編ぐらいしか短編を書いていませんので分析してみたことがあるんですが、あれは手品なんですね。右手でハンカチを振っているときは、そこでは何も起こっていない。
最後になってアッと気づかせる叙述の仕方をするのです。これはうまく決まったら最高の手法ですね。
――倒叙とは違いますが、始まりが現在で、「主人公が若いときにこういうことがあった」というのが本編で、最後にまた現在に戻るという形式がありますね。
そういう形式は19世紀の小説に多いと私は思っているのですが、近代小説が始まったとき、いかに「本当の話のようだ」と思わせられるかが重要な問題だったんですね。そのために、誰かが実際に語った話だとか、これは古文書に書いてあった話だと設定する。作家である私はそれを見聞きして報告しているんだというふうに書く。そのようにして実話を装う。
しかし、そのうちだんだん読者が小説を読み慣れてきて、最初からフィクションだと知って読み始めることが普通になっていったんじゃないかと思います。
――リアリティーを出す一つの手法と考えると、短編にも使えますね。
ただし、短編の場合は最初の説明を短くしたほうがいいですね。
タガが外れた時に成長
――リアリティーを出す方法はほかにありますか。
新潮文庫に『世界を騙した男』という詐欺師の自叙伝があるのですが、人を騙すには3つの条件があって、その一つが人間的魅力。あとは調査力と観察力と言っているんですね。要するに人間は何かの拍子に信じるんですね。
――小説なら、文章力、取材力、観察力といったところでしょうか。
逆に「こいつ、知らないで書いてる」と思われると、全部疑われる。ある小説は、高校生がいろいろな悪さをしてまわる非常にリアルな話で、これは面白いと思っていたら、あるところでスクーターを盗むんだけど、アクセルを踏んじゃうんですよ(笑)。
――オートバイはハンドルのところにあるアクセルをまわすんですよね。
要するに「らしさ」をどうやって確保するかです。谷崎潤一郎も言っていますが、簡単な方法は業界用語(専門用語)をちょっと織り交ぜる。それだけで人は簡単に人を信用するところがあります。
――ただ、ちゃんと調べて、確かなことを書かないといけませんね。
そうなんです。そこで私が常々言っていることは、「知らないことは書くな」「ごまかせ!」。知ったかぶりをするテクニックはあると思いますが、基本的に知らないことは書かないほうがいい。
――短編の場合、いかに削るかと、説明にしても、いかに要領よくまとめるかが問われますが、そのためのコツはありますか。
清水俊二さんの『長いお別れ』と、村上春樹さんの「ロング・グッドバイ」を比べると、原稿が25%ぐらい増えているんですね。村上さんは、初めてチャンドラーを読むかもしれない人に向けて書いているので説明の仕方が違う。原文にはない説明も入っている。
――逆に言うと「分かることは省略していい」ということになりますね。省略のテクニックはほかにありますか。
私は削るのが好きなのでよくやるんですが、どうやったらシャープになるかを考えます。少し乱暴でも、動詞と名詞以外をとってしまう。要するに形容詞や副詞などの飾りの言葉、それから自分の考えをとってしまう。彼はしばらく思い悩んでどうのこうのという心の中は書かないで、動きだけ書く。そのほうが締まるんじゃないかと思います。
――ハードボイルド文体というか、ヘミングウェイにも通じる書き方ですね。最後になりますが、短編を書くのは長編を書く練習になると思いますか。
なると思います。短編と長編とでは、絶対に長編のほうが楽なんですよ。思いの丈をいくら書いてもいい。でも、短編はそんなことをしている暇がないし、登場人物の数も減らさないといけない。短編を書いていて、枠で苦労しているとタガがとれたときにすごく楽になるというのが多分にあります。
――縛りがあったほうが、それがとれたときに成長したりしますね。本日はありがとうございました。
川又千秋
1948 年、北海道小樽市生まれ。慶応大学卒業後、博報堂制作部勤務を経て、作家活動に。1981 年『火星人先史』で星雲賞、1984 年『幻詩狩り』で日本SF 大賞を受賞。淑徳大学講師。川又氏には字数300 字の超短編集『三百字小説』という著作があり、東京新聞サンデー版紙上で実施されている「300文字小説」という公募の審査員を務めている。
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※本記事は「公募ガイド2014年6月号」の記事を再掲載したものです。