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海外児童文学の読書感想『アンバースデー上・下巻』リズ・ブラスウェル

錯綜とした物語である。

不思議の国の“ナンセンス”な住人たちが、右往左往するなか、アリスはハートの女王の野望を阻止して、恋人との幸せを勝ち取れるのか……

大学でエジプト考古学の学位を取得されたあとで、ゲーム会社に就職した経験のある、著者のリズ・ブラスウェル。

女史が描く、登場人物たちの内面のユーモアさが、表情や動作から外へ向かって解放されていくさまは快感である。

中毒といっていい。

ホラー小説を書いていたわたしは、ジャンル違いのこのお話を上巻で一度挫折していたのだが、それでも心に残っていて、Xのスペース朗読で先日、下巻まで読み終えた。

登場人物、すべてに愛がこもっている。

憎々しいハートの女王でさえどこか滑稽だし、アリスはときに現れる裏切り者のトランプ兵ともロマンスを繰り広げる。

エログロ要素はなし、子供に読み聞かせられるお話かといえば、中学生以降くらいが相応しいだろう。

もっとも、その歳になれば、読み聞かせではなく、朗読会でも開いて読んでみたい作品ではある。

ちなみに、世界的に名の知られた原作だが、わたしは最後まで読んだことがない。

それでも齧り程度には把握しているし、そういった意味で、ブラスウェルは錯綜とした……混沌にみちた不思議の国(ワンダーランド)の住人たちを原作に忠実に描いていたように思う。

お話は、不思議の国(ワンダーランド)だけではなく、アリスが実生活を送っている産業革命期のイギリスのある町も舞台にしている。

町では中華カフェを営んでいるヤオさんや、広場に集まる移民の子たち……(のちのアリスにとって運命の出逢いとなる、青年弁護士カッツも移民だ)彼ら移民たちの現実的な問題とも、アリスは向かい合わなければならない。

そこには不思議の国(ワンダーランド)のアイテムはなく、むしろ知恵と機転と協力によって、現実世界で起こっている移民問題や、市長選などのトラブルと対決していくのだ。

余談だが、わたしは今作をXのスペースで朗読するときには、谷岡久美さんが手がけられた『ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル』のサントラを流しながら読んでいた。

教会の鐘を思わせる穏やかな音色や、どこか北欧の伝統音楽のような、のどかな耳触りが心地よく、ファンタジー的な世界観に合っていたら嬉しい。

何度も述べているが、不思議の国(ワンダーランド)の住人たちとのやり取りは錯綜としていて、白兎を追いかけて疾走していくような、目まぐるしさがあった。

それでも、いつか戻っていきたい。

そこが、不思議の国(ワンダーランド)の一番、不思議なところかもしれない。


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