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広告のない場所に行きたい

数年前にテレビを手放した。最近はテレビがない家も増えたのんじゃないかな。

テレビを見なくなったのは、YouTubeやPodcastといった別の娯楽を見つけたのもあるが、単純に番組が面白くない。

面白くないと言ったら語弊があるね。
面白いと感じなくなった


昔のように辛口コメントやおふざけが出来なくなり、当たり障りのない番組が増えたように思う。

マスコミの偏った報道にもちょっと嫌悪感。

ひな壇の芸人やタレントは皆同じに見える。笑

元々ドラマもあまり見ない。映画もドラマも同じ人ばかり出てるんだもん。変わり映えがない。


(テレビ好きを否定はしてないよ)



とにかく、テレビの世界に興味がなくなった。
そしてテロップたくさんの画面に疲れた。



テレビを手放す前、最後の最後まで観てた放送局がNHKだった。

他局に比べてガヤガヤしてないし、広告がない。良い意味でキラキラ感も少ない。
一時期はNHKが心地よかった。

そんなNHKも観なくなり、テレビを手放した。
手放して3年、不自由なく暮らせている。


最近家では無音。黙々と料理をして食べ、少しYouTubeを観て、ジムや夜の散歩へ。

運動しない日は日記を書いたり、本を読んだり、植物の世話をしたり。

たまに音楽を聴く。ジャズやボサノバが心地よくて好き。気分でPodcastも聴く。ごりごりのロックを流す時もある。


昔のように長時間インスタ見ることはなくなった。あの文字入れで発信するスタイル、いつから始まったの?

インスタ開く癖は抜けてないんだけど、文字がたくさんなのが嫌ですぐ閉じるようになった。

文字嫌ならnoteも嫌?そんなことはないなぁ。文章はいいのよね。インスタのテロップ感がいやなのよ。

YouTubeものんびりしたチャンネルを選ぶ傾向がある。



ネットも街も情報ばかり。
一億総発信時代恐るべし。


仕事して、考え事して、頭の中で上司に文句言って(あくまでも頭の中)、それでいてたくさんの情報が頭に流れる混んでくる。

情報遮断してるつもりでも、絶対目に耳に入るからね。通勤するだけで相当な数の看板見るし。

当然頭はキャパオーバー。
疲れるのも当たり前。
家で無音で過ごしたいのは、私だけじゃないばす。


毎日疲れてるけど、無音で料理や散歩をしている時は比較的元気。

植物の新芽を喜び、雲の形を観察し、猫に遭遇したら適度な距離を取って見つめ合う。笑

時に黙々と床の拭き掃除をする。(これオススメ!単純作業は精神を落ち着かせる)

そんなことをしていると、少しずつ頭がリフレッシュする。


静かでいることは癒し


本当はもう少し田舎に住みたいんだけど、会社の通勤を考えると街中に住む選択肢しかなかった。

そして凄くごちゃごちゃしてる場所にマンション買ってしまった。

(ショッピングモールすぐそこ!毎日渋滞します!みたいな場所。笑)


なので少なくとも、家の中だけは静かな空間を作りたい。

私が断捨離を好むのも、シンプルで自然な素材の物を好むのも、静かな空間を作りたい、情報に触れたくないという気持ちの表れなのかもしれない。

noteが心地よいのも広告がないから。


一方でこのシンプルな暮らしや断捨離を好むのも、結局世の中に情報に影響されているんだよなー。

資本主義社会に住む人間は生涯情報に流されて、消費し続ける運命なのよ。笑



なにが言いたいかわからなくなったけど、自然いっぱいの場所でぼーっとしたいなぁってこと。笑


最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

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