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わたしの本棚:プロフェッショナルに服を見立ててもらいたくなる、内澤旬子「着せる女」

着せる女 内澤旬子 本の雑誌社
文筆家であり、イラストレーターでもある著者が知り合いの作家・編集者たちにスーツを着せて変身させていくルポルタージュ。
私的本屋大賞2020、ベスト10入り決定だ。とても面白かった。

スーツを「着せる女」

内澤さんの著作で私の印象に残っているのは、イラストを担当された『印刷に恋して』『「本」に恋して』や、動物が肉になるまでを描いたルポルタージュ『世界屠畜紀行』だ。
ファッションその中でもスーツがテーマの本作は少し意外で、一体何が書かれているんだろう?と気になって手に取った。

この本は著者のこんな嘆きから始まる。

 ああ、この人、既製服でばっちりどうにかなる体型なのに、なぜこんなに謎な、どこにも売ってないような服を着るんだろう。
 頼むから自分に上下一式見繕わせてくれないかなあ。

わかる!!

なぜなら私も夫に常日頃同様に感じているから。

夫は身長181cm,瘦せ型だがトレーニングを定期的に続けていることもあって綺麗に筋肉が付いている。身内ながら、サイズがあっていてくたびれていない服さえ着ればかなりいけてると思う。

でも残念ながら、彼はほぼ服に興味がない。(ように見える)一昨日は高校時代の部活のハーフパンツ(20年以上前のもの・・・)をはいていて、さすがにそれは・・・と苦言を呈してしまった。
それ以外でも気に入った服(肌触りの良いもの)はそればかり繰り返して着るため、首がよれよれになっていてるのだが、気づいていない。

あー、もったいないなぁ。
と一緒に生活しながら勝手に思っていた。

変身するおじさんたち

この本では、ビフォアー写真を見るともったいないなぁとも思えないおじさんが(大変失礼な表現で申し訳ないが)、自分にあったスーツをまとって華麗に変身していく。
アフターの写真をみて「なにこれ、ただただもったいなかっただけじゃん。めちゃかっこいいじゃないですか!!私の見る目がなくてすいません!」と土下座したくなった。

だるんだるんのトップスを着た作家や、紫のインナーに迷彩のアウターで足元はビーサンスタイルのノンフィクション作家、ただのおじさんにしかみえない編集長などなど、みんな爪を隠しすぎ!!

みんな素敵になっていて甲乙つけがたいが、一番カッコよくなったのはちょっとお腹が出ているのを気にしている本の雑誌の編集長。
茶色のスーツは洒脱でチャーミング、それと同時に社長の貫禄も感じさせる。

「どーせあれでしょ、スーツは3割増しってことでしょ」という声も多いと思うが、変身したそれぞれが凛として見えるのはそれだけが理由ではない。

それは、著者と一緒に変身の瞬間に立ち会った(自身も最終的に変身する)この本の編集者杉江さんのこの一言に表されている。

「おもしろいなー。みんな必ず鏡の前で試着しているうちに顔が変わって来るんだもん。」

もう一人の主役、スーツの魔術師 鴨田さん

それを手助けしているのが、もう一人の主役、バーニーズニューヨークのフィッター鴨田優誠さん。彼は登場する作家や編集者たちそれぞれの体型はもちろん、どういう作品を書いているか、着ていくのはどんな場面かを全て頭に入れてそれぞれが輝くスーツを提案し、細かい微調整(フィッティング)を行う。

本書を読むと彼の凄さをまざまざと見せつけられるのだが、それを著者はこんな風に書いている。

(中略)けれども、鴨田さんのような優秀なフィッターが行うのは、フィッティングなのだが、フィッティングだけではない。客の体と心を大事に、丁寧に扱うこと。それによって、いやもちろん服の力も大きいのだけれど、さらに彼の手と目が加わることで、客はより大きな自信を得られるのだ。

そうなのだ。
その自信がね、おじさんたちの立ち姿と表情に出てる。
何度も書いてしまうが、本当にかっこいい。
その人の優しさや強さが内から光をはなっている。

巻末に鴨田さんへのインタビューがのっているが(想像よりお若かった!)、これがまた謙虚な方なんだ。「僕が見立てたスーツですからね、当然です」と言っても全くおかしくないくらいの人なのに、

「それは僕がすごいのではなくて、うちにあるお洋服達がすごいんです。」

とのこと。
鴨田さん、かっこいい。

本は好き。だけどファッションは苦手な読者へ向けたエール

この本で変身する人たちは、みんな出版業界の方々。それもあってか随所に本を使った例えが使われる。ネクタイは書籍でいえば帯、スーツの生地の見本帳は紙見本である、といった具合だ。

確かに本の帯はネクタイ同様、全体に占める面積は小さいが、その本に目を向かわせる視覚的役割は大きい。紙も生地と同じように、さわり心地や風合いが価格に比例する。

これはまだ変身していない、いや変身願望すらない、なんなら「スーツが着たくないから今の職業選んだんだよ!」という読者へ向けてのエールのようなものかもしれないと思った。

ファッションの世界も、本の世界もそれぞれのパーツに役割と意味があり、突き詰める人たちがいて、表現したいと胸の奥で抱えているものを外に出せた時の嬉しさは同じなんだよ。だから怖くないよ。というような。

そんな私は今の会社に入ってから数年、スーツは着たことがない。同僚や社長すらスーツを着ているのを見たことがない。

その人にぴったりのスーツを着た同僚を見てみたい気分になった。


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