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「本と食と私」今月のテーマ:行き止まりなんてなかった―アップルパイという逃避

ライターの田中佳祐さんと双子のライオン堂書店の店主・竹田信弥さん2人による連載「本と食と私」。毎回テーマを決め、そのテーマに沿ったエッセイを、それぞれに書いていただいている企画です。3回目までは、一度に2人のエッセイを公開していましたが、4回目の今回より、2週間ごとに1人ずつの更新となります。今回のテーマは、「行き止まりなんてなかった」。まずは、竹田さんのエッセイから、スタートです。

アップルパイという逃避


文:竹田 信弥

 カウンターに積んである林檎を2つ手にとって、流しで洗う。父が出張のお土産でくれた林檎だ。透明のビニールに7〜8個入っていた。林檎が好きなので嬉しい。しかし、実は前日に近所のスーパーで安売りしていたから自分でも買ってしまっていた。合計16個もある。
 この林檎たちが傷む前に食べ切らないともったいない。そこで、妻は林檎ジャムを作ってくれた。それでもまだ残っている。僕も協力する。

 僕が作れる林檎の料理は、アップルパイ。我が家には、パイシートが常備されているので、簡単に作ることができる。ただ、パイの具に関してはひと手間加えたい。林檎を電子レンジで温めて超簡単に作る方法もあるが、目的は今流行りの時短ではなく、その反対ののんびりと時間をかけた調理である。

 林檎の皮をむいて、四つ切りにして芯をとる。きれいになった林檎を薄切りにしていく。次にフライパンを熱して、温まったらその中に、砂糖、レモン汁、薄切りの林檎を入れて、柔らかくなるまでゆっくりとかき混ぜながら炒めていく。

 僕は夜中にアップルパイを作っていた。
 なぜか。現実逃避というやつである。
 つい先ほどまで、読書会の課題本を読んでいたのだが、読んでも読んでも理解が進まず、壁にぶつかってしまっていた。噛んでも噛んでも飲み込めない。飲み込もうとしても喉に引っかかる、そんなもどかしさだった。

 僕が運営している双子のライオン堂書店では「連続する読書会」という名前の、古典小説や思想哲学書に挑戦する読書会を行っている。ひとりの人物やひとつのテーマに注目して複数冊の本を半年から1年かけて読んでいく。過去に、小説だとドストエフスキー、シェークスピアなどの代表作を。思想・哲学だと、プラトン、カント、マルクスの『資本論』などをテーマに読んできた。

 今、逃げているのはサルトルの『嘔吐』(ジャン-ポール・サルトル著 鈴木道彦訳 人文書院)という本からだ。「実存主義」をテーマにした読書会をやるために少し予習をしようと思ったのだ。

 作り慣れた料理をしていると、その作業中に頭の中では読んでいた本の話を考えたり、整理することができたりして、ちょうどいい。アップルパイはゆっくり火を通すことによって甘くなるので、現実逃避と言いながらも、混ぜては課題本を読んで、を繰り返す。

 さっきまで真面目に本だけに向き合って、ちびちびと読んでいたけど、全然掴めなかった。文字は読んでいるけど、自分の中で誰かに説明できる状態にならない。これは読んでいるのかと思うほど。しかし、料理をしながらの読書では、文章から目を離した時の方がよりその文章が読めているような気がする。

 思い出してみれば、本を閉じた後の方が、その本のことを考えていることは多い。文章を読んでいる、目でなぞっていること=読書ではない。

 そんなことを考えていたら、林檎が柔らかくなってきた。少し焦げたかもしれない。部屋に林檎と砂糖のいい匂いが充満してきたら、一度器に出して熱をとる。これでアップルパイの中身の準備は完成だ。

 事前に解凍しておいたパイシートを伸ばして、耐熱容器に敷き詰める。そこに、熱をとった林檎をのせていく。さらにその上にパイシートを1cmくらいの短冊状に切ったものを格子状に載せていく。表面に卵黄を塗って、オーブンで20〜30分焼いたら、アップルパイのでき上がり。

 何か大切なことを忘れている気がするが、できたてのアップルパイを食べて満足した。僕は、そのままお皿も片付けずに眠りに就くのであった。


著者プロフィール:
竹田 信弥(たけだ・しんや)

東京生まれ。双子のライオン堂の店主。文芸誌『しししし』編集長。NPO法人ハッピーブックプロジェクト代表理事。著書に『めんどくさい本屋』(本の種出版)、共著に『これからの本屋』(書肆汽水域)、『まだまだ知らない 夢の本屋ガイド』(朝日出版社)、『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)など。最新刊は、田中さんとの共著『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』(晶文社)。FM渋谷のラジオ「渋谷で読書会」MC。好きな作家は、J.D.サリンジャー。

田中 佳祐(たなか・ けいすけ)
東京生まれ。ライター。ボードゲームプロデューサー。NPO職員。たくさんの本を読むために、2013年から書店等で読書会を企画。編集に文芸誌『しししし』(双子のライオン堂)、著書に『街灯りとしての本屋』(雷鳥社)がある。出版社「クオン」のWEBページにて、竹田信弥と共に「韓国文学の読書トーク」を連載。好きな作家は、ミゲル・デ・セルバンテス。好きなボードゲームは、アグリコラ。

『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い 参加・開催・運営の方法』
(竹田信弥、田中佳祐 共著 晶文社 2021年)

双子のライオン堂
2003年にインターネット書店として誕生。『ほんとの出合い』『100年残る本と本屋』をモットーに2013年4月、東京都文京区白山にて実店舗をオープン。2015年10月に現在の住所、東京都港区赤坂に移転。小説家をはじめ多彩な専門家による選書や出版業、ラジオ番組の配信など、さまざまな試みを続けている。

店舗住所 〒107-0052 東京都港区赤坂6-5-21
営業時間 水・木・金・土:15:00~20:00 /日・不定期
webサイト https://liondo.jp/
Twitter @lionbookstore
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