元は薬剤師志望。今はプライドとやりがいを抱きグランドスタッフ道まっしぐら
ANA福岡空港株式会社 松田成美さん
皆さん、福岡空港に行ったことがありますか?全国でも珍しい市街地にある空港なんです。福岡市営地下鉄と直結し、博多駅まで5分、繁華街の天神まで12分というアクセスの良さを誇ります。
ここでも、たくさんのグランドスタッフが、お客様のチェックインから飛行機への搭乗、そして到着して空港を去るまでをサポート。お客様に快適で楽しい空の旅を、と頑張っています。
今回、お会いしたのは、ANA福岡空港株式会社の松田成美(まつだ なるみ)さん。入社7年目で、現在、主にコントローラー業務に就かれているそうです。
「元々、人のお世話をするのが好きな性格」という松田さんに、グランドスタッフになったいきさつや普段の仕事や心に残るエピソードなど、いろいろお聞きしました。
■キャリアを積み、現場統括のコントローラー試験をクリア
--- 現在、携わっているコントローラー業務とは、どんなお仕事なのでしょう?
チェックインカウンター業務やゲート業務など、グランドスタッフの業務全てを統括する職務です。他の部門とも連携を取りながら情報を集約し、状況に応じた指示や調整を行うなど、安全確保と定時運航に重要な役割を担っています。
コントローラーはグランドスタッフとして社歴を重ねると受験資格が与えられます。初級(4年目)、中級(6年目)、上級(7年目)と段階があるのですが、級が上がるほど手掛けるエリアが多くなり仕事の幅も広がります。最近、上級にも合格したんですよ!
--- 着々と試験をクリアされてすごいですね。ちなみに今日はどんなお仕事をされたのですか?
早番で午前5時30分~午後2時までの勤務で、VIPであるプレミアムメンバーのお客様のコントローラー業務に就きました。プレミアムメンバーの専用カウンターに立っている他のスタッフから寄せられる不明点に答えたり、お客様のいろんなリクエストに応じたり、予約状況を確認して座席のアレンジを行ったりなどします。
--- コントローラー業務の中で特に好きなのは?
強いて言えば、到着便のコントローラーです。毎便、出発空港から申し送りされた車イスやベビーカーなどを利用されているお客様の搭乗情報を端末でチェックして、お迎えする準備やそのためのスタッフの手配を抜かりなく整え、スムーズに対応できたときの達成感は格別ですね。
[ANAでは空港ごとにステッカーがあるそう。博多祇園山笠にちなんだ法被型も]
■緊急時、最善を自分で考え判断する責任の重さ
--- コントローラーの仕事の大変さはどんなところですか?
例えば急な欠航などイレギュラーなことが起きた際、どういう方針でどう搭乗振り替えをするか、お客様をいかに待たせずにご迷惑を最小限にするか。緊迫する状況下でも自分で判断して決めなければいけないので責任が重いです。
それに、便を振り替えたときの手数料の有無など、いろんな細かい規定は日々変更されます。社内での情報共有だけでは万全ではないので、常に乗入れ対応をする各航空会社のホームページを見たりGoogleで検索したり、自分からこまめに情報を取りにいかなくてはならないので、気が抜けません。
--- いつも気を張ってないといけないのですね。そんな中で、心がけていることは?
めまぐるしく更新される情報をキャッチすることも含め、いつも先を考えて自発的に行動すること。いろんなケースを想像してこのお客様には何がベストなのかを先読みして、スピーディーに動くことを大事にしています。
そのせいなのか同僚に「松田さんはいつも忙しそう」と言われることもしばしば。これは果たしていいのか悪いのか(笑)。
■薬剤師志望から心機一転。専門学校時代は資格取得に燃えて
--- グランドスタッフになろうと思われたきっかけを教えてください。
実は高校時代までは薬剤師になりたかったんです!諸事情があり志望した大学に行くことができなくなり、これから先どうしようと悩んでいたとき、担任の先生から「松田さんはCAが合っていると思うから目指してみれば」とアドバイスされて。
薬剤師と同じように人の役に立つ仕事だと思い夢を転換して、高校卒業後は航空系の専門学校へ。専門学校時代には、将来仕事に活かせるようにと英検2級をはじめ、漢検、サービス検定など2年間で6つの資格を取得したんですよ。自分の幅を広げるのに役立ちましたね。就職活動では、エントリーシートに6つもの資格を記載したので、面接でも話題が広がり自分らしいアピールができたと思います。
■元気で明るい社風に惹かれて
--- しかしながら、CA志望だったのになぜグランドスタッフに?
就職試験はCA職メインでグランドスタッフ職も並行して受験したのですが、最初にグランドスタッフ職で内定をいただいた今の会社に入りました。
専門学校時代に企業研究をする中で、今の会社の明るく温かそうな社風がいいな、こんな会社で働きたいなと感じていたんです。そして、学生時代の実習を福岡空港でさせていただいたときに、その思いが強まりました。
実習先は他の会社の現場だったのですが、空港で見かけたANAグループの方々が和気あいあいに働いている様子を間近で見て、「ああ、この方たちが自分の先輩になってくれたらなぁ」と思ったんです。
■失敗から生まれたお客様とのご縁
--- 一番、大変な思いをしたエピソードを聞かせてください。
入社後、新人教育を終え独り立ちしてすぐの頃。お越しの一人のお客様がチェックインされたとき、プレミアムクラスに変更したいと言われました。幸いにも1席だけ残っていたのですが、まだ当時の私は機器の操作が遅く、お話しながら必要事項を入力しチェックイン完了のボタンを押した瞬間、席は他にとられすでに満席に!
1席あると言われたのに満席になったと知った途端、お客様は怒り出してしまわれて、「責任者を出せ」と。私は自分の不甲斐なさとお叱りを受けたショックで泣いてしまいました。カウンターで涙はダメなのですが、その時は未熟で。
--- それでどうなったのですか?
上司の責任者と2人で謝罪を続けたところ、次第にお客様も落ち着かれて、私に「今、どういう気持ち?」と。
そのお客様は他社のステイタスをお持ちで、たまたまその日だけ当社に乗られると伺っていたので、私は「お客様にこの機会にぜひ当社のプレミアムクラスやラウンジで快適に過ごしていただきたかったです。それなのに、まだ不慣れで機器の操作に時間がかかり、席を取られてしまって悔しいです。ご体験いただく貴重な機会をご提供できず申し訳ございませんでした。」とお伝えしました。
するとその瞬間、「ごめんね。私への気持ちは分かったよ」と優しく仰ってくださいました。
さらに後日、お客様が「君の気持ちに動かされた」と綴ったお手紙とお菓子を送ってくださったんです。その後、当社のステイタスをお取りくださって、今でもたまに福岡空港でお会いすることがあるんですよ。新人時代の情けない失敗談ですが、その後のお客様とのご縁は何よりも嬉しいです。
■ちぎり絵で咲かせた「思い出の桜」をお客様に贈る
--- 今度は心にしみる思い出を教えてください。
元は福岡市に住んでいて東京に引っ越された親子三代のお客様(おばあ様とその娘さん、孫娘さん)がいらっしゃいました。毎年、舞鶴公園(福岡市)の桜を見に東京から来られているということで、その年も福岡へ。でも前日の雨で、もう桜は散ってしまった状態だったのです。
よくよく話を聞くと、おばあ様がご病気にかかっていて、福岡を訪れるのはこれでおそらく最後かもということ。何かできないかと考え、カウンターにあった折り紙を使って急いで桜の風景のちぎり絵を作り、東京にお帰りになる際にお渡ししました。
おばあ様は「もう福岡に来ることはないから、いい思い出になるわ」と泣いて喜んでくださって。私は「最後じゃないですよ。きっと来年も」と言いながら胸がいっぱいになりました。
--- とっさの機転、すてきな心遣いですね。
1年後の春、再びそのおばあ様と空港でお会いできたんですよ!「また桜を見に来られたわ。あなたのおかげで、1年、生き延びることができたのよ!」と言われて私は号泣しました。
[舞鶴公園は毎年桜を見に来る人々で賑わう]
--- それはグランドスタッフ冥利(みょうり)に尽きますね。
いろいろ大変なこともありますが、それぞれお客様の背景に合ったサービスをしてとても喜んでいただいたり、顔なじみになったお客様に「あなたに会いに来たよ」など声をかけていただいたり。グランドスタッフのやりがいのほうが膨らんでいきました。
正直に言えば、入社してしばらくはCA職に未練があり気持ちが揺れることも。CA職の仕事に就いていたらどうだったのかは分かりませんが、必死で日々働くうちに、グランドスタッフは私に合っているし楽しいと自分の中で腑に落ちたのが3年目くらい。そこからグランドスタッフの仕事にプライドを持って突き進めるようになりました。
■コロナで改めて感じた、一人ひとりのお客様の大切さ
--- 減便が続いているということですが、コロナの影響に関してはどうでしたか。
便数も減り、ご搭乗のお客様もどんどん少なくなっていく中で、皆で今やれることは何かと部署内で何度もミーティングを重ねました。まずは、小さいところではありますが経費削減が必須と、職場の給水の紙コップをマイボトルにする、コピー機の紙を極力使わないようにするなど地道に取り組んでいます。
また一人ひとりのお客様に最大限のおもてなしをしよう、とも。福岡・羽田便に15名程度のお客様しか搭乗されなかったときに、「このような中でご搭乗いただきありがとうございます」と書いたメッセージカードをシートにお貼りしたんです。
[折り紙を常備しているそう]
それをSNSでお客様が発信してくださったり、「こんな状況だけど頑張って」というメッセージをいただいたりして、そんなお声にみんな凄く励まされて。
改めてお客様一人ひとりの大切さを実感しています。
■コロナで自宅待機の新入社員に励まし動画
--- この春の新入社員の方々もコロナの影響を受けたのでは。
今年は約100名の新入社員がいたのですが、当初はみんな自宅待機に。私たちはその子たちに何とかモチベーションを保ち元気でいてほしいと、業務のポイントをメモした“あんちょこノート”のファイルを送ってあげたり、制服のスカーフのいろんな結び方を解説した動画を撮り「早く制服を着られたらいいね」というメッセージを添えて送ったりしました。
[ぎっしりと文字が書かれたあんちょこノート]
--- 今、新入社員の方々はどうされていますか?
通常のスケジュールより遅れたものの、多くの新入社員がお客様のいらっしゃる現場で社内教育を終え、独り立ちの時期を迎えほっとしています。
課内のコミュニケーションを深めるために「環境プロジェクト」を立ち上げて山登りなど交流イベントも開催しているんですよ。先輩として普段あまり接する機会のない後輩のことも知っておきたいですから。会社もこの取り組みを応援してくれていてありがたいです。
--- これからの目標をお聞かせください。
今、コントローラーの最高責任者は入社15年くらいの方が務められています。自分も努力していけるところまでいきたい。結婚してもこの仕事を続けたいと思います。福岡空港をご利用される韓国人のお客様も多いので独学ではじめた韓国語の上達も目標です。
ANA福岡空港 労働組合の方の話によると、最近の志願者の傾向として、CAかグランドスタッフに絞るというより、同じ航空業界で接客をともなう仕事ということで両方の職種に魅力を感じていて、どちらかになれればという柔軟な考えの人が少なくないということです。
実は松田さん、どこか薬剤師を諦めきれていない部分もあり、またいつか役に立つかもしれないと、入社後に一般用医薬品(かぜ薬や鎮痛剤など)販売の専門資格「登録販売者」も取得したそう。人生は長いので、いつかグランドスタッフ経験のある薬剤師が誕生するかもしれません。
(2020年8月取材)
(文:渕浩子、写真:坂元俊満)
ライター・渕 浩子
フリーランスのライターとして、企業や行政の広報誌、企業ウェブサイト、大学パンフレット、新聞、情報誌、ムック本など、さまざまな媒体の制作に携わる。著書(共著)に「博学博多200」(西日本新聞社刊)。福岡市在住。
カメラマン 坂元俊満
1975年生まれ。福岡の写真スタジオを経て2014年に独立。 主に取材インタビュー、メニュー撮影、商品撮影、など広告写真を中心に活動中。
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