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自分の好きな本を誰と語り合うこと

最近自分が考えていることをうまく言語化できず、noteを更新しようとしても言葉が出てきません。人間関係で難しいことがあったり、新しい仕事の環境になかなか慣れず、誰かに相談したいと思っても、いざ何に悩んでいるの?と聞かれると言葉に詰まってしまいます。思い返すと社会人になってからすぐの頃も気がつかないうちに何かに心が侵食されていって、言葉が失われた感覚があったことを思い出しました。日々を心を無にして生きていると自分から湧き出る言葉も考えもどんどん無くなっていってしまう気がします。

その感覚があるからなのか、昔からストレスを強く感じる時こそ小説を必要としている瞬間が多い気がします。最近仲のいい友達がしばらく入院していて(無事退院しました!)、時間を持て余している友達にお見舞いのたびに2冊ずつ自分が読んだ本を持って行っていたのですが、改めて久しぶりの本に手を伸ばしたり、最近読んでいなかった好きな作者の最新作を読んだりということが増えました。

これまで誰かに自分が好きな小説を進めても実際にちゃんと読んでくれる人があまりいなかったので(笑)、あまり友人と本を貸し借りをすることがなかったのだけれど、自分が好きな本を仲良い人が気に入ってくれたり感想を言ってくれることって、あまり他では経験できないような、何か自分の心の中で大切にしているものを共有できたような気持ちになり、なんかいいなと思いました。

また、少し前にはなりますが、別の友人に誕生日プレゼントとして自分が好きな本である村上春樹の「職業としての小説家」と小川洋子の「密やかな結晶」をプレゼントしたところ、贈ったことを忘れた頃に驚くほどの長文の感想が送られてきてびっくりするとともにとても嬉しくなりました。2冊とも友人の読む本のテイストとは違ったようでしたが、ゆっくり読んで感想を伝えてくれたことがとても嬉しく、自分が好きな本を誰かと語り合うことって心がじわじわと温まることだなあと思いました。

“I guess when you’re young, you just believe there’ll be many people with whom you’ll connect with. Later in life, you realize it only happens a few times.”

Before Sunset (1994)

話は変わりますが、私はBefore Sunsetという映画の上のフレーズが好きで、誰かと心が通じ合えたなあと思う時にはいつもこの映画のシーンが頭をよぎります。最近、ずっと仲が良かった友人と疎遠になってしまったり、自分にとって大切な人の中での自分のプライオリティが下がってしまったことに悲しく思ったり、人間関係って難しいなあと思うことが続きました。本当は、誰かと散歩をしながら自分が考えていることを伝え合ったり、好きな本について感想を言い合ったりする時間、そしてそういう人に出会えたこと自体が、とても貴重なことなのかもしれないなあと、改めて思いました。



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