《第10回SCCしずおかコピー大賞 独りごと反省会。》 vol.15
課題2:人と人との絆を伝えるコピー
・借りたのは、醤油じゃなくて思いやり。
昭和の頃、隣の家に醤油や味噌を借りに行く、というご近所付き合いがあった。なぜ知っているのかといえば、私の母親が子どもの私に言いつけて、近所から調味料の類をもらいに行かせたことがあったからだ。
今では、特に都市部では行われることもないと思うのだが、この緩やかな繋がりを過去のこととして置き去りにしていると、いつか後悔するときが来るのかもしれない。
そんな、ご近所との関わりにこそ絆があった時代から検証してみる。
物を借りる。特別な道具や能力なら、借りることに意味はありそうだ。だが、それは、物に溢れた現代の話である。戦後の時代、食べる物さえ困ったという時であれば、本来ならありふれている物ですら不足し、闇市において不当な価格で取引されたという。
そして、高度成長時代。質より量を重視した経済・産業は、物の豊かさを甘受しつつも多種多様な公害を産み、海外で巻き起こる戦争、オイルショックを経て、物や資源の大切さを学び直すこととなる。
(狂乱のバブルとバブルの崩壊。失われた10年、リーマンショック。就職氷河期などなど。その後も教訓となることが、いろいろありましたね。)
一気に時代は飛びますが、そして、令和の現在。海外との一定の貿易バランスを保ちつつ、資源のない国でありながら物に不自由しない体制が、物流・流通の進歩により整う。買うよりも借りる・貸すという財産を必要以上に持たず体験や思い出に重きをおくコト(シェア)の時代が到来。サブスクリプションビジネスは、大きな飛躍を迎えている。
このような流れの中で、現代のご近所との付き合いにおいて『醤油を借りる』という実態はあったのか? を疑ってみる。現代の個人主義の立場から考えれば、特別な場合を除き、都市部では基本ないと考えられる。あるとしたら、ご近所付き合いというより、シェアハウスや合宿所、キャンプ等での共同生活において(または限界集落近くの助け合いを前提とするコミュニティにおいて)、隣人同士で日用品を共有するということだと思う。(さすがに、サブスクリプションで個人が個人に醤油を貸すというところまでは、時代は進んでいない。笑)
では、なぜ、マヨネーズでもソースでも、ドレッシングでもなく『醤油を借りる』なのか? ここは、私と同じように昭和の時代に行われていたであろう行為の中から記憶に残るシーンか、それとも古き良き時代の映画やドラマ、小説といった物語から着想を得たのではないかと思う。つまり、ノスタルジーな時代の回想なのだ。
ヒトの時代→モノの時代→コトの時代
先程、古き良き時代と例えた。過去、物がないからこそ精神に豊かさを求めた時代。そこには、助け合わなければ生きていけないという厳しさとは裏腹に、助け合う人間同士の信頼や情けというものが尊重され美化された。モノではなくヒトの時代なのだ。このとき人こそが財産であり、人と人は信頼や情けを掛け合い積み重ねることで絆を深め合っていたと想像できる。(ここで想像としたのは、私自身が、その時代に生まれていなかったという意味で、体験と実感をもっていないためです。)
そこから一気に令和に戻る。しかし、大切なのは、現代にも信頼や情けという人間の内面は残っているということ。隣人や仲間と行われるシェアの精神は、かつてのそれと大きな違いはないように思える。
日本人の日用品、毎日使う調味料の代表が『醤油』であるなら、きっとお隣さんも持っていると想像できる。そして、『借りる』と言いつつも実は貰うことになるのだが、それでも信頼が成立した相手で情けを共有しているのならばさほど気を使わなくても『醤油』なら、言われれば相手の助けになると思い気軽に貸すことができると言えるのではないだろうか。
作者は、このやり取りを『思いやり』と称している。
ここまで振り返ると日常的な醤油の貸し借りは成立していないとしても、このコピーがファイナリストに残ったのは、審査員の年齢が高かったことが最大の要因に思えるのだが、いかがだろうか。
だからこそ、厳しく言えばコピーに物足りなさを感じる。
物事の真理を伝えてはいそうだが、このままだと表現が新しくない。この手の使い古された言い回しでは、過去作られた同じようなコピーが、どこかに存在すると思えてくる。そうなのだ。受け手であるご近所と挨拶を交わすことなく暮らす現代の生活者に、このコトバで届くだろうか?! と疑問が湧いてしまうのだ。
注意したいのは、「どう言うか」(How to say.)。
アイデア(「何を言うか」(What to say.))に共感を得られた分、「どう言うか」で時代に合わせた表現に昇華(ジャンプ)できれば、入賞も見えたのではないかと思います。その意味において、このコピーは時代に合わせた表現(クリエイティブ・ジャンプ)とは? を問いかけてくれるコピーの一つと言えます。
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