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ポール・オースター 『4321』 について

※この投稿は、『4321』特有の書き方や内容に触れています。

 作家人生の総決算、という触れ込みでポール・オースターの『4321』は売り出されていますが、(そのことに誤りはないと思いますが)個人的には、おそらく文学作品で初めてとられた実験的な手法で書かれた小説、という部分に深い感動を覚えました。というか、作家として円熟しているのにもかかわらず、実験精神を忘れていないってすごいことだと思います。

 どんな背景で書かれたのか、この実験は何かの影響があってのことなのか、どうしても知りたくて、オースターの様々なインタビューを頑張って読んだり聞いたりしてみました。

 本作はオースター自身の人生を色濃く反映していると思われるため、インタビュアーから自伝なのか聞かれている場面もありましたが、オースターは「確かに自分の人生からいくつか盗んだが、アーチーは自分自身ではない」と言っていました。
 例えば、4パターンのアーチーのうち一人は、子どもの頃に落雷で命を落としてしまいます。この出来事は、オースターが14際の頃に実際に起ったことで、オースターの隣にいる少年が落雷で命を落とした、という事件があったらしいのです。この出来事は、オースターに深い影響を及ぼしているようです。また、コロンビア大学の座り込みも、オースター自身が参加していたみたいです。このことも人生における重要な出来事なのでしょう。

 また、作中で60年代アメリカ史が物語の中で繰り返し描かれます。ベトナム戦争、公民権運動、ケネディ暗殺、カウンターカルチャーなど……。本作にまつわるインタビューで、「この小説は人間の成長についての話だ」と語りつつ、オースターはこんなことを言っています。

「ベトナム戦争はアメリカの社会を完全に破壊し、分断を生んだ。まだ完全に立ち直れていない」

 さらに、インタビューの中で、人種の問題や公民権運動についても言及しています。その流れで『4321』の最初のタイトルは『ファーガソン』だったと言っています。しかし、2014年にミズーリ州ファーガソンでマイケル・ブラウン射殺事件が起こってしまった。このタイトルだと意図と異なる受け取られ方をしてしまうため、変更したとのことです。

 現代に地続きである、戦争、人種間の対立、政治の腐敗など、揺れ動く国のなかで生きる少年が青年になる成長物語が本作であり、その成長の道は一つではない。本作の中で具体的に書かれているように、「現実とは起こりえたけれど起こらなかったものから成り立っているのであって、どの道も他の道と比べて良いとか悪いとかいうことは一切ない」ということなのでしょう。

 ふと、これに似た映画があることに気が付きました。ジャコ・ヴァン・ドルマル監督による2009年の映画、『ミスター・ノーバディ』です。(この映画、大好きなのです)
 人生の選択で枝分かれする未来を多重構造的に描くSF映画ですが、なんとこの映画のパンフレットで監督が同じようなことを言ってました。

 感じ取ってほしいのは、選択には良いも悪いもないということ。ただ、それを選んだならば、どう生きるかということだ。

 少し話が逸れてしまいましたが、このような作品を読んだり観たりすると、つくづく思います。自分がしてきた選択に、正しいも間違いも、良い悪いもない。世界はどんどんおかしくなっていく。曖昧で拠りどころがなく、どうすればいいのか分からなくなってしまうな、と。
 でも、「世界が崩壊しつつあるなかで、自分も一緒に崩壊しないための唯一の手段は、すべきことに気持ちを集中すること」なんですよね。

 重厚長大で実験的ですらある小説ですが、60年代のアメリカが舞台の作品は珍しくないですし、だからこそ非常に読みやすいです。文学としての新しさと、現代につながる普遍性を兼ね備えた絶妙なバランスを持った傑作だと、僕は思います。いま、読めて良かった。

 最後に、個人的に重要なのでは、と思う、アーチー・ファーガソンが本作の中で読んだ本の一覧を記します。自分も読んだ作品が多々あり、なんだかオースターとつながってるような気がして、嬉しくなってしまいました。

●アーチーが読んだ本/言及された本
・『オデュッセイア』ホメーロス
・『シャーロットのおくりもの』E・B・ホワイト
・『千夜一夜物語』
・『船乗りシンドバッドの七つの海の航海』アンドリュー・ラング
・『ジキル博士とハイド氏』ロバート・ルイス・スティーブンソン
・『王子と乞食』マーク・トゥエイン
・『さらわれたデービッド』ロバート・ルイス・スティーブンソン
・『クリスマス・キャロル』チャールズ・ディケンズ
・『トム・ソーヤーの冒険』マーク・トゥエイン
・『緋色の研究』アーサー・コナン・ドイル
・『大統領の誕生』セオドア・ホワイト
・『第三帝国の興亡』ウィリアム・L・シャイラー
・『夜の果ての旅』ルイ・フェルディナン・セリーヌ
・『変身』フランツ・カフカ
・『ライ麦畑でつかまえて』J・D・サリンジャー
・『カンディード』ヴォルテール
・『バートルビー』ハーマン・メルヴィル
・『孤独な娘』ナサニエル・ウェスト
・『泥棒日記』ジャン・ジュネ
・『贋金つくり』アンドレ・ジイド
・『トロピスム』ナサリー・サロート
・『ナジャ』アンドレ・ブルトン
・『モロイ』サミュエル・ベケット
・『父と子』イワン・ツルゲーネフ
・『死せる魂』ニコライ・ゴーゴリ
・『主人と下男』レフ・トルストイ
・『クロイツェル・ソナタ』レフ・トルストイ
・『イワン・イリッチの死』レフ・トルストイ
・『罪と罰』フョードル・ドストエフスキー
・『デイヴィッド・コパフィールド』チャールズ・ディケンズ
・『血に呪われたる者』フランツ・ファノン
・『アデン アラビア』ポール・ニザン
・『シチュアシオン』ジャン・ポール・サルトル
・『バビット』シンクレア・ルイス
・『マンハッタン乗換駅』ドス・パソス
・『八月の光』ウィリアム・フォークナー
・『われらの時代』アーネスト・ヘミングウェイ
・『グレートギャツビー』スコット・フィッツジェラルド
・カフカのK(審判、城)
・スウィフトのガリバー(ガリバー旅行記)
・ポーのピム(ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語 )
・シェークスピアのプロスペロー(テンペスト)
・メルヴィルのバートルビー(バートルビー)
・ゴーゴリのコワーリョフ(鼻)
・メアリー・シェリーのフランケンシュタインの怪物(フランケンシュタイン)
・『市民的不服従』ヘンリー・デイヴィッド・ソロー
・『叫べ、愛する国よ』アラン・ペイトン
・『審判』フランツ・カフカ
・『ゴドーを待ちながら』サミュエル・ベケット
・『ドン・キホーテ』ミゲル・デ・セルバンテス
・『トリストラム・シャンディ』ローレンス・スターン
・『イーリアス』ホメロス
・『告白録』アウレリウス・アウグスティヌス
・『神曲』ダンテ・アギエーリア
・『エセー』ミシェル・ド・モンテーニュ
・『失楽園』ジョン・ミルトン
・『ハムレット』ウィリアム・シェークスピア
・『サイレンス』ジョン・ケージ
・『人生は夢』カルデロン・デ・ラ・バルカ
・『ジョバンニの部屋』ジェームズ・ボールドウィン
・『白痴』フョードル・ドストエフスキー
・『ランチ・ポエムス』フランク・オハラ
・『美しい赤毛の女』ギヨーム・アポリネール
・『近似的人間』トリスタン・ツァラ
・『ニューヨークの復活祭』ブレーズ・サンドラール
・『夢の歌』ジョン・ベリマン
・『遺言詩集』フランソワ・ヴィヨン
・『英雄伝』プルタルコス
・『シーシュポスの神話』アルベール・カミュ
・『モンテ・クリスト伯』アレクサンドル・デュマ
・『真昼の暗黒』アーサー・ケストラー

参考インタビュー
Paul Auster Interview: I Am the Laboratory(YouTube)
ガーディアン紙のインタビュー

『4321』ポール・オースター/著 柴田元幸/訳
https://www.shinchosha.co.jp/book/521722/


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