見出し画像

『詩』雨が降っている

雨が降っている


トップライト(天窓)のガラスから 踏切の
赤い明滅が入り込む
キーボードを打つ手を止めて 見上げる僕を
可笑しそうに君が見ている


「珍しいことでもなんでもないわ」
「ここは24階だからね」


僕はレポートに目を戻す
<銃弾と 人間愛の相関について>
君は僕の背中から手を伸ばし
deleteを押して
呆気に取られている僕の肩越しに
人差し指一本で打ってゆく
<ココアパウダーで化粧をする
エイレーネーの眸の輝きについて>


平和の神エイレーネーは このところ
化粧に余念がないと君は言う
会ったこともないのによく知ってるね
笑いながら僕が言うと
誰にでもわかることよ、と
少し深刻な顔をして
ディスプレイに映るサイレント動画を
リングをはめた指で君は指し示してみせる



そのとき
窓の外に真っ白なTGVが静かに滑り込んできて
開いたドアから
チョコバナナを手に髪の長い少女が降りてくる
「ここのバルコニーにホームがあるなんて
僕はちっとも知らなかったよ」
驚いて僕が言うと
HOMEはどこにでもあるものよ、と
君はとぼけた顔をしてみせる
あなたの心の中にもね


エイレーネーはチョコバナナが好きだろうか?
ふとそんな疑問が口をついて出る
多分ね でもそのときは
もう後戻りできないわ


TGVは機関車だから
ここのバルコニーでも走れるわけだ
納得した僕が頷いているうちに 少女を残し
左から右へ
列車はゆっくりと動き出す


エイレーネーと人間愛について
ごくありふれた関係について
でも平和の神なんて
言葉の矛盾以外の何ものでもないわ
君はそう言いながら
バルコニーに出るガラス戸を開く
髪の長い少女を迎えるかのように


雨が降っている
少女が手にしたチョコバナナのチョコは
雨の中で溶けてしまったりしないだろうか?




他にもこんな記事。

◾️辻邦生さんの作品レビューはこちらからぜひ。

◾️大して役に立つことも書いてないけれど、レビュー以外の「真面目な」エッセイはこちら。

◾️noterさんの、心に残る文章も集めています。ぜひ!

◾️他にもいろいろありの「真面目な」サイトマップです。




いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集