『詩』机の上にノートを広げ
机の上にノートを広げ、ペン立ての中から
濁った茶色のガラスペンを僕は取り出す
遠い昔
これは父に貰ったもの
彼が何を書いてきたか僕は知らないが
彼の側にはいつも
<帳面>よりもずっと小さな
革の表紙の手帖があった
夜の中で
スタンドライトにガラスペンを透かすと
ねじれの内側はくすんでいて
古い神話が読み取れない
歴史というやつはこうやって
ガラスペンの内側にも 埃のように
静かに降り積もってゆくものだと
教えてくれたのは誰だったろう?
暗い、緑青のインクは言葉の沼
ペン先を浸し
白いノートに押し付けると、緑青が
ガラスの筋を伝って落ちる
試しに文字を書いてみると、それはたちまち
きらきらミドリシジミとなって
小さな羽を翻しながら、ノートから
飛び出してどこかへ行ってしまう
その内側の
古い神話を書いてごらん
アーサー王が
きっと君を待っているよ
エクスカリバーよりもずっと鋭い
ペン先で呼んでくれるのを
(でもその話を僕は知らない!)
それに文字は書くそばから
小さなミドリシジミとなって
ノートの外へ群れをなして
残らず飛んでいってしまう
スタンドライトに照らされて、ノートのページは
虚ろな広い心のようで
僕はしばし途方に暮れる
ノートに文字を止めるために
僕は何を書いたらいい?
恐る恐る
僕はインク壺を覗き込む
緑青色のインクはまるで
それこそカンブリア紀の湖のよう
くるくると、ガラスペンを回してインクに浸し
ノートのページに
僕はペン先を押し付ける
立ち上がろうとするより早く
心にインクが滲み出す
一文字、僕はこう書いてみた
<愛>と
力を入れ過ぎて、ペン先が
緑青色にはじけて飛んだ
*ガラスペンについてはこちらをご参考に。
今回もお読みいただきありがとうございます。
他にもこんな記事。
◾️辻邦生さんの作品レビューはこちらからぜひ。
◾️詩や他の創作、つぶやきはこちら。
◾️大して役に立つことも書いてないけれど、レビュー以外の「真面目な」エッセイはこちら。
◾️noterさんの、心に残る文章も集めています。ぜひ!
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?