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『詩』この世は不条理に満ちている
公園に近い 古い図書館の喫茶室で
甘すぎるカフェラテを口に含みながら
カフカの不条理な小説を読んでいると
不意に一羽のルリカケスが
開いた本のページに来てとまる
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顔を上げると 向こうの大きなテーブルでは
少女が背中を向けて座ったまま
天文台のドームのような 深い 真っ赤な傘をさしている
傘の中だけ雨が静かに降りしきっている
驚いて立ち上がろうとする僕を
タクトで押し留めようとするカラヤンがいて
僕は問われもしないのに 大好きな
ベルリオーズの幻想交響曲が聴きたいとカラヤンに言う
気がつくと美しく緑に苔むした
ビルの谷間を僕はゆっくり歩いていて
手にしているのはカフカではなく
ルリカケスの表紙の青い大きな絵本
「見上げてごらんなさいな」
耳元でふと声がして 頭を上げると
建ち並ぶビルのどこにも窓はなく
代わりに色とりどりの
ドームのような傘が壁面いっぱいに開いている
「足元に気をつけて!」
ハッとして下を見ると
今しもコロボックルのカラヤンが
まち針のような
細いタクトを振り上げたところ
ビルの谷間のずっと先で
今 壮麗な夕焼けが始まろうとしている
夕焼けめざしてルリカケスが
絵本の表紙から飛び立ってゆく
この世は不条理に満ちていて
疑うこともなければ
無闇に信じる必要もない
ただこうして折り紙のような一日を
小さく畳んで
胸のポケットに毎日しまい込んでいる
やがて
デヴィッド・スーシェ似の太った図書館司書が
茶色い革製のベストに身を包み
黄色い灯りのカンテラをゆらゆらと下げてきて
くぐもった声で
そろそろ閉館です、と僕に告げる
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